第5話 俺たちのパーティが崩壊したときの話

 300年前の出来事。


 このアシハラ王国にひとりの魔法使いがいた。

 名前はブラケル。

 元々は宮廷魔術師だった男。


 彼は突如王国に牙を剥いた。

 当時の国王陛下を魔法で暗殺しようとしたのだ。

 だが、それは失敗した。


 直接的な手段での暗殺に失敗すると、彼は逃亡し。

 王都の傍に後に魔界の穴と呼ばれることになる、巨大ダンジョンを作り出した。


 彼は最下層に立て籠もり、そこで魔王を召喚。

 そこで彼は強力な魔物を召喚し続け、ダンジョンから魔物を流出させることで、間接的に王国を滅ぼそうとした。


 事態を重く見た王国は、この魔界の穴を閉じるために、自国の軍隊、宮廷魔術師以外に国中から腕利きの冒険者も募集。

 その中から、厳選された6人の勇者がこの魔界の穴に挑み、見事最下層で魔王と元宮廷魔術師ブラケルを討ち取る。


 だが


 ブラケルは死の間際、自分の命を捧げることで、召喚した魔王に無限復活の魔法を掛けた。


 その結果、魔王は倒されても約2年で復活する性質を得た。

(ただし、復活してもかつての実力は魔王には無いのだが)


 元の実力は無いものの、魔王は存在する限り、悪魔や魔人、竜や妖魔、不死生物、魔法生物など魔物たちを召喚し、ダンジョン内を魔物で満たす。


 王都の近くに、無限に魔物が湧く場所がある。

 この事実は重い。災いの中心である。


 だが、ここで重要な事実に気づく者が居た。


 ……ダンジョン内に、貴重な宝物が出現すること。

 そして魔物由来の貴重な素材を得ることが出来ること。

 加えて、戦闘員の格好の修行所であること。


 そうだ! 世界中から冒険者を呼ぼう!


 そして、同時にこういうお触れも出した。

 魔王を討ち取った冒険者が再び出現したら、その冒険者を近衛兵に取り立てる!


 かくして、アシハラ王国王都は、一流の冒険者が最後に目指す街。

 そう呼ばれるようになった。




「……そんな感じで、今のダンジョンは脅威じゃなくて産業の一部なんですよ。ダンジョンから得られる貴重な素材、宝物。そして優秀な兵士候補生」


 手振りを加えながらエリオス。

 その顔には皮肉気な笑いが浮かんでいる。


「だから、冒険者にも真剣さが無いというか……自分のことしか背負ってない。300年前は使命を果たさないと国が無くなるという真剣さがあったんでしょうけど、今はそんなのありませんもんね」


 だって、別に魔王倒さなくても、湧いてくる魔物を兵士の訓練や冒険者の腕試し、素材狩りで狩るだけでも十分被害を抑えられますもん。

 こんなのただの仕事場で、戦場って呼べないかもしれませんよ。


 ……ヒートアップしてるなぁ。

 まぁ、気持ちは分かるんだけど。


「だからっ!」


 ここで。

 ぎりっ、と手を握り込んで、血を吐くような声を出す。


 ……来た。


「あの女がッ! あの女が僕を裏切ったのもッ! その一環なんですよッ!」


 ……その顔は表情が消えていて。

 目だけが爛々と光っていた。


 ……否応も無く、思い出してしまう。

 あのときのことを。


 俺たちのパーティが崩壊したあのときのことを。




「申し訳ありませんわ。私、このパーティ抜けます」


 ある日。

 俺たちのパーティの頼れる前衛の1人。

 聖騎士パラディンのミナがそんなことを言い出した。


 冒険者が集まり、互いの労を労ったり、今後の方針を話し合ったりする場所。

 冒険者の酒場での出来事だ。


 ミナは親が聖騎士で、その親の職業を引き継いだ二世の聖騎士。

 言わば生まれながらのエリートだ。


 聖騎士は高い防御力と、一級の戦闘力。

 そして神に愛されることで法力魔法を習得することもできる上級職。

 加えて、この職に就くことができるのは白属性の者のみ。


 絶対の信頼を周囲に向けられる、憧れの職業だ。


 一般に上級職は、聖騎士、忍者、侍、司祭が挙げられるけど。

 聖騎士は別格。むしろ、聖騎士こそ上級職中の上級職と呼んでよいのかもしれない。


 そんなミナが、そんなことを言い出した。


 ミナは、職業負けをしている人間ではなかった。

 20才のヒュームの女なのだが、男以上に頼もしかった。

 苦しい戦いでも弱音を吐かず、聖騎士として囮役を買って出て、パーティのために働く高潔な精神を持っていた。


 それだけでなく、見た目も美しかった。

 長い黒髪で、そこに上流階級の貴婦人のような輝きがあった。

 そしてその顔は一国の姫で通る美しさで、慈愛を感じる造形だった。


 ……そして。胸が大きかった。

 爆乳だったんだ。


 んで……


 エリオスの恋人でもあった。


「な、何故だミナッ!? 僕たち、一緒に魔王を倒そうって誓ったじゃないか!?」


 恋人が突如そんなことを言い出したことが受け入れられない……というか。

 聞いてなかったのか。エリオス。


 そのときの俺は、彼のそのリアクションを、どこか他人事のように見ていた。

 ちょっといきなり過ぎて、受け入れられなかったんだ。


 ミナは言った。


「……ごめんなさいエリオス。私、このパーティでやっていく理由が……無くなったんです。だからもう、去るしか」


 そう、悲劇のヒロインのように涙を流した。


 えーと……


「何があったんだッ!? 僕は全く理解できない……!」


「……聖者の法衣をね……いただけるという話がありまして」


 エリオスの言葉にミナが応える。


 聖者の法衣……聖騎士のみが着ることが出来る神の法衣で、法衣でありながら魔術的効果で鎧並みの防御力を誇る防具。

 加えて着た者に切り傷程度なら数分で治ってしまうヒーリング能力。そして悪魔系の魔物に与えるダメージを倍増させるデーモンキラー能力。

 そして振るう武器の切断力を上げ、一撃で斬り捨てる状況を増やすクリティカルヒット能力を与える。


 そういう、聖騎士垂涎のお化け防具だ。

 無論、ほぼ伝説級の防具。


 ……それをくれる人が現れた……?


「私、迷ったんですが、お話くらいは訊いてみようと思って、伺ったんです……そしたら」


 こうなってしまいました。


 そう言って、彼女は自分の属性石を胸元から持ち上げて、俺たちに見せて来た。


 その宝石は……真っ黒に染まっていた。

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