第2話 リンというエルフ女

 グレーターデーモンたちは、ほぼ全てが動けなくなっている。

 皆、首を押さえていた。


 そこに食い込む、ミスリル銀製の金属糸を外そうとしているのだ。


 十束剣という名の、忍者専用の特殊武器だ。

 指輪に接続された金属の糸を、指先の微細な動きだけで自在に操る、技術だけで動かす武器。


 習熟には十年以上の修行が居ると聞いてはいるが、彼女はエルフだし、その辺は問題ないんだろう。


 この金属糸を十本の指全てで操っている彼女……リンフィルト、通称リンは、エルフの女である。

 年齢は知らん。聞いてないから。まあ、絶対に俺より年上だろうけど。

 見た目はヒュームの年齢で20才くらいにしか見えんけどな。


 20才以上のエルフは、900才を越えるまで見た目で年齢が分からんのよ。

 エルフは20年で成人して、その後900才まで老けない種族だから。


 彼女の見た目は、首の根本あたりまでの長さで髪を切り揃えた金髪の女。

 エルフは美人揃いなんだけど、多分その中でも上位に入ると思う。

 昔はエルフは人間扱いされず、妖精と言われたそうだけど。

 

 彼女に関してはまあ、妖精で良いんじゃ無いかな。


 目の色はグリーン。種族的特徴の長い耳には、イヤリングがついている。

 ルビーの宝石が光るイヤリングだ。


 ……忍者なのにそこに装飾品つけるのかと思うけど、彼女なりに何か思い入れがあるのかもしれん。

 十束剣のせいで指輪できないから、せめて……とか。


 彼女は厳しい表情で、真剣に金属糸を操っている。

 おそらく相当まずいんだろう。


 いつもなら余裕をかましているからな。


 これは助けないとマズい。


 俺はグレーターデーモンを観察する。

 動けないヤツは対象外。


 おそらく、そうじゃないヤツがいるはずだ。


 探した。


 ……居た。


 分裂したのか、拘束を外したのか知らんけど。


 ……まあ、多分分裂だな。

 1体だけ、いる。


 リンが拘束を外すとは思えないし。


 そいつは自由を愉しんでいるのか、しばらく羽ばたき飛行して。

 耳障りな声で魔法の詠唱を開始した。

 

「ダートルド ギバール オンローバー!」


 ……マズい! 氷嵐の魔力魔法!

 第5位階の魔法だ。


 かなり強力な攻撃魔法。

 指定の1点を中心に、吹雪の嵐を起こす攻撃魔法だ。


 俺はとっさに回避しようとしたが


「ギフエンス ダートルド フィック キャストリア!」


 その前に、リンが十束剣を操りながら法力魔法の冷気の盾を発動させてくれた。

 助かる……!


 薄く輝く青い力場が、俺を包み込んでくれた。


 ……彼女、忍者をやる前に神官をやってた時期があるらしく。

 そのときの経験で、第5位階までの法力魔法が扱える。


 お陰で、直後に襲って来た氷嵐の魔法の威力が、だいぶ殺された。

 これなら問題なく耐えられる。


 だから俺も……


 左手で印を結び、詠唱する。

 宙を舞うグレーターデーモンを睨みながら。


「マナ ステル アンチェン!」


 敵1体の身体の自由を奪い、束縛する魔法……麻痺の魔法。

 第4位階の魔力魔法だ。


 唱えた瞬間、魔法の選択をミスった可能性を感じた。

 グレーターデーモンは魔法を無効化する能力が高いんだよな。


 ……当てづらいけど、第3位階の電撃放射にしておいた方が良かったか……!

 攻撃魔法なら、完全無効化は高位の魔力魔法を使わない限り無理だから。


 だが、しかし


 グレーターデーモンは、魔法の発動と同時に墜落する。

 どうやら、魔法が効いたらしい。


 よっしゃ!


 このチャンスを逃すわけにはいかない。


 俺は愛刀・阿修羅を肩の位置で上段に構える構え……八相に構えて、飛び出していく。


 麻痺の魔法は、術者の集中が切れると効果が切れる。

 ダンジョンの天井付近から、床である石畳に墜落するまでおおよそ8メートル。


 その距離を落下したダメージから立ち直る前に。

 俺は間合いを詰め、起き上がろうとするグレーターデーモンの首を斬首した。


 それとほぼ同時に。


 リンに拘束されていたグレーターデーモンの首が全て落ちた。

 ミスリル銀の金属糸が、悪魔たちの首を切断したのだ。


 切断面から青い血液を吹き出し、墜落していく悪魔たち。

 その肉体は分解し、落下する間に魔晶石に変化して床に散らばる。


 悪魔の肉体は仮初のものなので、この世界で死ぬと核になった物質・魔晶石だけを残して完全に消え去るんだ。

 ……これが高く売れるんだよ。


 落ちてきて、転がって来たその青い宝玉みたいな物質を拾い、俺は思った。


 ……戦いが終わったな。


「タケミ! ありがと!」


 そんな戦いの後の感傷のようなものに浸る間もなく。

 いきなり、リンが俺に抱きついて来た。

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