4:アンリの思惑

「……案内って、酒場しか無いこの村のどこの何を案内するっていうの?」

 仮にもし他の店があるというならぜひとも案内して欲しいぐらいだけど。

「あー、そうか。この村ってどこもかしこも酒場しか無いんだった。案内にかこつけてデートでもしようかと思ったんだけど、ちょっと無理だったね」

 悪びれもせずにアンリは言った。

「……そういう話なら他を当たってくれる? 俺ってそういうの興味ないから」

 男に口説かれるだなんて反吐が出る。

「え、もしかして男が嫌いな人だった?」

「……率直に言うならその通りだよ」

 妙な誤解を受けそうで嫌だったが、全部説明するのも面倒だ。

 男に興味がない女ということで通そう。

「あー、そう。そっか」

 アンリの顔が急激に冷めた目になった。

 ここまで露骨に態度に出されるとちょいムカつくな。

「じゃあしょうがない。そっちは諦めよう。……で、もう一つ用件があるんだけど。この話ってあんまり人に聞かれたくないんだよね。勇者様さえ良ければ僕の家に来て欲しいんだけど」

「……行かないって言ったら?」

「素直に帰るよ。どうしてもって用事じゃないし」

「ふむ……」

 さて、どうするかな。

 ゲームなら選択肢が出る場面か。

「念のため、聞くだけ聞いてみたらどうですか? 有益な情報が得られるかも知れませんし、行って損があるとも思えませんが」

 それはそうなんだけど、会ってすぐの男の家に行くっていうのがどうもね。

「……気にし過ぎじゃないでしょうか。あなたが本当に女性なら気にする問題かも知れませんが、あなたの心は男なんですから」

「考え過ぎか? ……じゃ、いいか。行っても」

「え。いいの? 本当に?」

「お前が来いって言ったんだろ。ほら、案内してよ」

「う、うん」

 こうして俺は、ほいほいとアンリの家に付いて行くことになった。



「ソラちゃんって甘いもの好き? お菓子あるけど」

「……ソラちゃんて」

 さっきまでお前、俺のこと勇者様呼びだっただろ。

 やっぱ来るの間違いだったかな。

「ああ、ごめん。家に来てくれたからかな? 何か親近感湧いちゃって。嫌だったらやめるけど」

「……勇者様、ってのもあんま気分良くないんだよな。普通にソラって呼んでよ」

「じゃあ、ソラさんで」

「うん、それでいいよ」

 だいぶまともな呼び方になったと思う。

「それで、用事についてなんだけど……。ソラさんって口は固いほう?」

「……それなりに?」

 あんまりべらべらとしゃべる性格ではないが。

「それなりか……。まあ、いいや。信用しよう。ソラさんも知っての通りこの村って魔法の水で食いつないでるんだけど、このことについてどう思う?」

「……どうって。貧乏くさいなとか、もっとマシなもん食えよとかは思うけど」

 せめてこのお菓子ぐらいは……。

 あれ?

「ここって水と酒以外に食べ物あるの?」

 普通に砂糖とか小麦粉とか使ってるよな、これ。

「あ、気づいた? みんなには内緒だよ」

「内緒って」

 あまりにも自然に出されたから気にしなかったが、隠そうとするってことは不自然なものなのか、これ。

「別に食料を持ち込んじゃいけない、なんて決まりは無いんだけどね。でもほとんどの家にはこんな嗜好品、無いと思うよ」

 そう言ってアンリは無造作にお菓子を口に入れた。

 皿の上にはまだ二人分に十分な量の焼き菓子が残っている。

「……アンリって何者なの?」

「何者って、別に普通の人だよ。ここの村人からするとリッチだろうけど、一ヶ月もすれば蓄えは尽きるしね」

「…………」

 つまり一ヶ月分の備蓄はあるってことだ。

 この村では餓死の心配が無いとすると、ひと月分の食べ物でも結構な量だろう。

 アンリはなぜそんな用意があるんだ?

「……アンリって、この村に来てまだ日が浅い?」

「二週間ぐらい前だったかな、村に来たのは。まだまだ新参者だと思うよ」

「新参というか……」

 もうほとんどよそ者だろう。

 よくこいつ我が物顔で村を案内するだなんて言えたな。

「ま、僕のことはいいとして。さっきも言ったけど、この村ってほとんど食べ物が無いんだよね。育ててもいないし、買ってもいない。ただ井戸から汲む水に酒で味付けしてるだけ。……ヤバいよね?」

「そりゃあ、まあ」

 酒を味付けと言っていいのかはともかく。

「で、何でこんなデタラメがまかり通っているのかと言うと、井戸なんだよね、原因は」

「……井戸?」

「その様子だとソラさんは知らないみたいだけど、実は水を食糧化する魔法って濫用出来るほど気軽なものじゃ無くってさ。少なくとも僕が知る限りでは、村まるごとが水だけで生活してる場所なんて無いんだよね」

「へえ」

 珍しい例だったのか。

 この世界の道徳観を若干疑っていたので、多少は見直したかも知れない。

「この村ではなぜか井戸の水に魔法がかかっている。しかも結構大規模に。これだけの魔法を使うためには、本来とんでもない量の魔石が要るよ」

 魔石?

 ヨミ、ちょっと解説頼む。

「魔石というのは魔力を持つ魔族および魔物の体内に生成される魔力の貯蔵器官のことです。小石程度の大きさで透明度があり、色は様々。人が魔法を使用するためには魔石を必要とします」

 オーケー、大体分かった。

「一体誰がこんな小さな村の井戸に、高価な魔石を大量に使って魔法をかけるのか。謎だよね」

「……どっかの奇特な金持ちとか?」

「あり得ないね。メリットが無い」

「じゃあ、一体どこの誰が?」

「それを僕も知りたい。そのためにこの村に来たんだ。そしてあわよくば、この村の井戸から魔石を大量に掘り出せないか、とも考えてる」

「それは……」

 仮にもし成功した場合、この村の人達全員が干上がることになるな。

 ろくに食べ物が無いんだから。

「そう。村の人達からすると望ましい行為ではないよね。明日から一体何を食べて生活するのかって話になる。……これから僕が何を言いたいか、ソラさん分かる?」

「……何となくは」

 簡単に言えば協力者、そして共犯者になれ。

 その大量にあるという魔石とやらを分け前に。

「ここまで話しておいてなんだけど、ソラさんどうする? 話の続き、聞く?」

 アンリが緊張の面持ちで尋ねてきた。

 本当にここまで話しておいて、だな。

「聞くだけ聞くよ。あと、お茶もらえる?」

 出来れば紅茶がいいな。

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