3:酒場、そしてナンパ
「……何か、酒場の数が多い気がするんだけど」
「ええ、そうみたいですね」
村に入って最初に目についたのは、酒場らしき建物の多さ。
そういう見た目なだけで実際には別の施設なのかとも思ったが、近寄って看板を見てみると確かに酒場のようだった。
と言うか、普通に看板の文字が読めるんだな。
これも勇者の能力か。
「そうです。あなたはこの世界の言語に適応出来ます」
「そりゃ便利だ」
想像はついてたけどね。
そうでもなければ俺とヨミの会話が成立するのもおかしいからな。
「しかし、結構小さな村なのに酒場だらけっておかしくないか? この村の住人はどうやって生活してるんだ」
「……おそらくですが、ひたすら酒を飲んで生活しているのでは無いでしょうか」
「いや死ぬだろそれは」
肝硬変とかで。
「この世界には、飲むだけで生きていられる水を作る方法が存在します。味も匂いもしませんが、それを酒に入れて飲み続けた場合、とりあえず死にはしないはずです」
「……え?」
何だそれ、気持ち悪い。
「死なないって、つまり餓死しないってこと?」
「はい。昔に開発された魔法で、本来は戦場で食糧の代わりとして使うためのものだったはずですが、普段の食事の代わりに飲み続けることも可能だと思います」
「んなアホな」
仮にそれが事実だったらとんでもない村だぞ、ここ。
多分どっかに酒場以外の店があるんだろ、きっと。
「とりあえず近くの店に入ってみましょう。まずは情報収集です」
「気が進まないんだけど……」
「一応、酒場以外の店を探してみますか?」
「うーん……」
万が一無駄骨だったら嫌なので、仕方なく手近な酒場に入ることにした。
中に入ると、十人程度の老若男女が酒盛りをしていた。
「……いらっしゃい。どちらさんだい?」
「あ、えーと」
中年の店主に声をかけられたが、とっさに何と言えばいいのか詰まってしまった。
勇者ですって名乗るの、結構抵抗があるんだよな。気恥ずかしくて。
「ソラ、と言います。一応その、勇者なんですけど」
「勇者?」
「はい……」
これで笑いものにでもされたら恨むからな、ヨミ。
「ご自由にどうぞ」
これだから幻覚風情は……。
「ああ、勇者さん。それはそれは。こんな村にようこそ」
最初怪訝そうな顔をしていた店主が一転、態度が柔らかくなった。
なるほど、これが勇者の力か。
「あの、出来れば色々と話を聞きたいんですけど……?」
「どうぞどうぞ。まあまずは一杯」
「はあ」
目の前に酒を出された。俺まだ未成年なんだけど。
それともこの体ってもう成人してるのか? そうは見えないが。
「肉体年齢は十五歳ですね。ちなみにこの世界では飲酒に年齢制限はありません」
あっそう。じゃあいいのか?
「それで一体、何を聞きたいんで?」
「あ、その。えっと」
今一番知りたいのは男に戻る方法だったが、この店主が知っている訳もないので、他に欲しい情報と言えば……。
「この村って、酒場が多いですよね? 他に何かお店とか無いんでしょうか?」
「あー、無いね」
無いのか……。
ロクデナシ村確定かよ……。
「じゃあやっぱり、魔法の水を酒で割って飲んでるんですか?」
「ん? ああ、そうだね。この村じゃ誰も耕作をやらないからね。他に食べるものも無いから、こうして酒に入れて飲んでるのさ」
「そうですか……」
人間、こうはなりたくないものだ。
「あ、でもお酒はあるんですよね。どこかに酒蔵があるんでしょうか?」
醸造業をやっているのならだいぶマシかも知れない。
それなら立派な仕事だろう。
「いいや、この村に酒蔵なんてものは無いよ。みんなで少ない金出し合って、大量に安酒仕入れて薄めて飲んでんのさ。水は井戸から汲めばいい」
「そうなんですね……」
だいぶ終わってるな。
「他に聞きたい話、あるかい? 悪いけど勇者さんでも二杯目以降は代金頂くよ。水ならいくらでも出すけど」
「あ……。では結構です。お酒、ごちそうさまでした」
「そう。じゃ、頑張ってね」
俺は残った薄い酒を飲み干し、酒場を出ていった。
「……酒、初めて飲んだな」
一口試してみて、一杯ぐらいなら大丈夫だろうと飲んでみたが、正直うまいものでは無かった。
食事の代わりにもなるらしいので一応もらっておいたが、水のほうが良かったかも知れないな。うっすらと体が熱い。
「もういいんですか? あなたは駆け出し勇者なんですから、もっと根掘り葉掘り情報を引き出したほうが良かったと思いますが」
「……聞いてて嫌気が差してきたんだよ」
酒の席ということも相まってか、何だか自分がキャバ嬢にでもなった気分だった。
キャバクラなんて行ったこと無いけど。
「この世界の常識とか知らないけどさ。いくら死なないからって、ずっと安酒飲んでロクに仕事もしないって、流石にどうかと思うよ俺は」
人には人の事情や考えもあるんだろうけどさ。
「やっぱそう思う? 君とは気が合うかもね」
「ふあっ」
突然後ろから声がした。
振り向くと、知らない男がいる。
誰だこいつ。
「初めまして、勇者様。僕はアンリ。良ければ村を案内しますよ?」
……これ、もしかしてナンパ?
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