5:井戸デート

「へえー、これが井戸か。初めて見るよ」

「……井戸が初めてって、ソラさんどういう生活してるの」

 アンリに連れて来られた村の中央辺り、小さめの広場のような場所にその井戸はあった。

 石造りの巨大な土管が地面から生えていて、その上に木製の屋根が付いている。

 屋根の下には滑車がぶら下がっていて、俺が想像していた井戸とあまり大きな差は無かった。

 強いて言えばビニールプールぐらいの大きさを想定していたのに、実物は浮き輪より少し大きい直径だったぐらいか。

「それで、この井戸の中に魔石が大量に放り込んであるってこと?」

「いや、それは無いよ。魔石は人体に有害だからね。ただ、必ず近くにはあるはず」

 アンリが井戸の周辺を見渡した。

 つまりこの辺の地面に埋まってると?

「まさかとは思うけど、手当たり次第掘り返すつもりじゃないよね?」

「出来ればそうしたいけど、村の人に見つかるからね。この村が無人だったら今頃は穴だらけにしてるよ」

「そっか」

 ちょっと安心した。ひたすら穴を掘るなんて重労働したくないからな。

 ただでさえこの体はそういうの向いてないってのに。

「でもじゃあ、どうするの? 近くにあっても掘り出せなきゃ無意味でしょ」

「そこで勇者であるソラさんの出番だよ。勇者様は色々と凄いことが出来るって聞いたけど、ソラさんも何かしら出来るんでしょ? それを当てにしてるんだけど」

「俺に丸投げかよ……」

 他力本願ってレベルじゃねえぞ。

「僕がやるより手っ取り早いならそりゃ頼むでしょ。一応地面を掘るための道具は用意してるけど、時間がかかるし現実的じゃないからね。本来僕は下調べのつもりで来たんだから。まさか勇者様に協力を頼めるなんて思ってなかったからね」

「なるほどね」

 まさに降って湧いた話な訳だ。

「でも俺の能力って全然大したことないから、こういう力仕事みたいなのは無理なんだよな……」

「何も直接地面を掘り返さなくても、例えばピンポイントで魔石がある場所を探すとか、井戸に魔法を掛けている人物を特定するとかでも構わないんだけど」

「それも無理」

 というか、俺は単なる非力な少女でしかない。

 もしこの能力に使い道があるとしたら、せいぜい役に立つ人間を色仕掛けでどうにかするぐらいだろう。

 そしてそれすら俺はやりたくないし、マジでハズレ能力だと思う。

「ありゃ、勇者様って実は役立たずなの? それじゃあ見た目が可愛いだけの一般人だよ?」

 割と言い返せない。

 下手したら勇者よりもそこらの一般人のほうが強くて有能かも知れない。

「……あのさ。ちなみになんだけど、可愛いってどれぐらい?」

「え? ……うーん。人により好みはあると思うけど、その基準を無視出来るぐらいはあると思うよ。年上の美人が好きな人でも、ソラさんなら多分落とせるよ」

「ほう」

 これは結構な上玉じゃないか?

 俺、この姿になってからまだ鏡を見てないんだよな。

 唯一の利用方法が色仕掛けしか思い浮かばない訳だし、見た目がどの程度かは知っておきたい。一応、念のために。

「アンリって鏡とか持ってる?」

「……ソラさんは女の子だし、身だしなみが気になるのは分かるけど。でも今は別のことを気にしてもらっていい?」

「あ、うん」

 叱られてしまった……。

 俺の見た目って、男を何でもかんでも言いなりにさせるほどの美貌では無いようだ。

「しかし、どうしようかな。ソラさんが当てにならないともう打つ手が無いんだよね。本気で滞在しようと思えばいくらでもいられる村だけど……」

「なら諦めたら?」

 大量の魔石は今後の勇者の活動に有用そうだから惜しくはあるが、この井戸を枯らすのも微妙に寝覚めが悪いので、中止ならそれはそれで別に構わないけど。

「そんな、他人事だと思って……」

「よお、アンリ。今日は結構なご身分じゃねえか。女連れかよ」

「……お? こいつ、まだガキだけど顔も悪くないぜ」

「は?」

 井戸に誰か近づいてきたかと思えば、ガラの悪そうな二人組が絡んできた。

 アンリの名前を知っていることからここの村人だと分かるが、勇者に対して凄まじい態度だな。

「ソラ、名乗っておいたほうが良いかと。勇者だと分かればすぐ大人しくなります」

 ここはヨミの提案に従ったほうが無難だろう。

「俺、勇者のソラってもんだけど、何か用?」

 今思ったけど、この名乗りって黄門様の印籠みたいだな。

「ああ? お前に用なんかねえよ。ガキは引っ込んでろ」

「……え?」

 勇者の名乗りが通じない?

 おかしいな。この世界の人間には無条件に通じる能力だと思ってたけど。

「お、おい。ナニ勇者様に食ってかかってんだよ。す、すみませんどうも……」

 あれ、もう片方にはちゃんと効いてる。

 個人差があるものなのか? これ。

「……ソラ。あまり動揺せずに聞いて下さい。そちらの少し背の低いほうの男、おそらく人間ではありません。魔法で人に化けている、魔族です」

 思わずヨミのほうを見てしまった。

 魔族って、こんな気軽にエンカウントするもんなの?

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