第3話
「助けてください」
似たような形のエアコンたちに目を回していると、背後から女性の声が聞こえた。
振り返ると僕より頭ひとつ小さい背丈の見目麗しい女性が立っている。
夏が間近に迫ったタイミングで部屋のエアコンが壊れ、命の危機を察知した僕は給料日をきっかけに新しいエアコンを探していた。
彼女も同類だろうか。そう思うと同時に疑問が生まれる。
それなら助けを求めるのは僕にではなく店員にすべきじゃないか?
「ストーカーに追われてるんです」
そう告げる彼女の背後に人影が見えたとき、僕は彼女の手を取ってエアコン売り場の通路に飛び込んでいた。
正直に言うが、決して彼女の美しさに
彼女の美貌には説得力があったからだ。ストーカーの一人や二人いてもおかしくないな、と自然に受け入れていた。
「ストーカーってさっきの人ですか?」
「はい。駅からずっとついてきてて」
「――心外だなあ」
いつの間に回り込まれたのか、僕たちが歩いていた通路の先から先程見えた人影が突然現れた。
「俺はストーカーじゃないぜ。ただの君のファンさ」
男は両腕を広げながら僕たちの前に立ちはだかる。
遠目にはわからなかったが、男はかなり大柄でがっちりと筋肉のついた身体をしていた。日本人の標準よりも少し痩せている僕では到底太刀打ちできない。
ぎゅ、と右手が強く握られた。
後ろに立つ彼女は無言のまま俯いている。しかし繋がった手は震え、縋るように力が込められていた。
ビビってる場合じゃないだろ。
僕は周囲に目を走らせた。エアコン売り場の隣に置かれている扇風機が視界に映る。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間にはすでに口から飛び出していた。
「君がファンなら僕はエアコンだ」
空気が固まった。彼も彼女もエアコンもしんと静まり返る。
だが僕はそんなこと気付きもしなかった。
「エアコンがあって扇風機がない家はあっても、扇風機があってエアコンのない家はほとんどない。扇風機は風を送ることしかできない。せいぜい首振り機能くらいだ。それじゃ日本の夏は越えられない」
僕は捲し立てるように言葉を並べる。いやそっちのファンじゃねえ、という男の言葉は耳には届いても脳には響かない。
その姿はさながら場の空気を掻き乱す暴走エアコンだったわ、とのちに妻は語る。
「それに比べエアコンは温度調節機能もついてるし除湿だってできる。つまり僕のほうが高性能で、彼女に寄り添うにふさわしいんだ」
根拠もへったくれもない。しかしそんなの気にする余裕もなかった。
それどころじゃない。ただただ必死だったのだ。
腕っぷしが敵わない相手に、僕は死に物狂いで言葉を紡いだ。
どうにかして彼女を守らなければ、と。
「彼女にこの夏を快適に過ごしてもらうために、どうかお引き取り願えないだろうか」
僕の思いが伝わったのか、もしくは伝わらなさすぎて恐れをなしたのか、男は顔を歪めてすぐに姿を消した。
再び静寂に包まれた空間にほっと息を吐く音が聞こえた。同時に握られた手が緩む。
けれどその手は離れなかった。
「ちょうどよかった」
背後から声が聞こえて僕は振り返る。
そこには瞳を潤ませ、頬を上気させた彼女がいた。
「良かったら今からうちに来てくれませんか?」
「へ?」
「あの人まだその辺うろうろしてるかもしれないから送ってほしいんです」
しっかりと手を繋いだまま、彼女の顔がほころぶ。
正直に言うが。
彼女の美しさに絆されたのはこのときが初めてだ。
「それに私、ちょうど今いいエアコンを探してたので」
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