第2話
「へえ、最近はいろんなエアコンがあるのね」
白いエアコンがいくつも並べて取り付けられている壁を眺めながら妻はそう零した。
彼女の言う通りここにはいろんなエアコンがあるはずだが、僕にはどれも同じ白い長方形の箱に見える。
「最近のはAIが入ってるんだね」
「AIってそんなにすごいの?」
「人の生活パターンを学習して風量や風向をコントロールしたり、壁や床の熱を検知して重点的に冷やしたりするんだってさ」
「じゃあやつらがその気になれば、お風呂上がりの熱々の身体に熱風で追い打ちをかけることも可能ってこと?」
「エアコンに何したらそんな凄惨な仕打ち受けるんだよ」
想像するだけでも額が汗ばんでくるようだ。
しかし妻は冷ややかな目でエアコンの群れを眺めながらすたすたと歩いていった。手が繋がっている僕も彼女の歩みに引っ張られるようについていく。
「でもAIってなんか怖いわね。見張られてるみたいで」
「カメラとかセンサーとかついてるらしいし、確かにちょっと気になるかもな」
「その割になかなかいいエアコンがないわ」
「結構なスピードだけどちゃんと見てるんだね」
「もちろんよ。でもなかなかピンと来ないのよね」
「どんなの探してるの?」
僕が声をかけると妻は急にぴたりと立ち止まって、じっとエアコンの説明を目でなぞる。それから「これもダメね」とため息をついた。
「空気を読んでほしいのよ」
「暑いとか寒いとか判別するってこと?」
「それもあるわね。私暑がりだから温度は低いほうがいいけど、寒がりだから風量は抑えてほしい」
「そういうのAIならできそうだけどな」
彼女の要望を満たす機能を持つエアコンがないか、各機種の仕様書に目をやる。「でもそれだけじゃ物足りないわ」と妻の声が頭上から聞こえた。
「私がボケたら適切にツッコんでほしいし、私がスベッたらさりげなくフォローしてほしいし、私たちの会話が途切れたら適度な尺のおもしろエピソードで繋いでほしい」
「エアコンには荷が重すぎるだろ」
そんな敏腕MCエアコンがいたら世のバラエティ番組の司会はすべてエアコンに置き換わってしまう。
ふーん、と妻は不満そうに唇を突き出した。
「AIって大したことないのね」
「君のハードルが高すぎるんだよ」
ふーん、と彼女はもう一度唇を尖らせる。
まるでその唇に口づけるかのように目の前のエアコンが急に風を吐き出した。
「でもエアコンってなんで白ばっかりなのかしらね」
「部屋の壁紙に明るい色が多いかららしいよ。昔は違う色のエアコン売ってたこともあったみたいだけど、全然売れなかったんだって」
「みんなエアコンは見えないところで風だけ出してろ、と思ってるのね」
「もはや生活必需品だってのに不遇すぎるな」
ヒーローなんてそんなものかもね、と言いながら妻は大股でエアコンエリアを闊歩する。従って僕もその後ろをなぞるように歩く。
壁に整列している白い箱は電源がついているものもあれば消えているものもある。スリープ状態なのかもしれない。機械が自ら休むことを選べるのは十分賢いと思う。
彼女の歩みに置いていかれないよう足を動かしていると、ふと大きな柱に目がいった。
柱は四面が鏡張りになっていて、そこには腕の先が繋がっている僕と彼女の姿がある。
「懐かしいな」
ぴたりと前方を歩いていた妻が立ち止まる。
突然のブレーキに驚いたが、彼女の後頭部がぶつかる寸前で僕もなんとか歩みを止めた。
そのまま頭だけで彼女は振り返る。結局後頭部は僕の身体に少しぶつかった。
「なに?」
「いや、出会ったときもこんな感じだったなあって」
僕の言葉に、妻も鏡の柱のほうを向いた。鏡越しに僕たちは目を合わせる。
「逆でしょ」
「逆だねえ」
彼女の呟きに僕は思わず笑った。
結婚して三年が経った今でもありありと思い出せる。それは素敵な出会いとは言えないけれど、到底忘れられない鮮烈な記憶。
僕たちが出会ったのも、とある家電量販店のエアコン売り場だった。
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