いいエアコンを買いましょう

池田春哉

第1話

「いいエアコンを買いましょう」

 ある昼下がり、妻が突然そんなことを言い出した。

 急にどうしたんだろう。普段はエアコンのことなんて口に出さないのに。

 今日が僕たちの結婚記念日だからだろうか。けれど入籍と同時に購入したエアコンは三年経った今もまだまだ壊れる様子はない。

「今のエアコンもそんなに悪い子じゃないと思うけど」

「でももっといいエアコンがこの世にはあるはずだわ」

「謎の向上心」

「なにか言った?」

「いいえなにも」

 彼女がこうなってしまえばもう僕の言葉は届かない。リビングの隅に設置されているエアコンを睨みつけている。

 対してエアコンは涼しい顔をしていた。いや涼しい風を吹かせていた。

「このどこ吹く風みたいな態度が気に食わないのよね」

「風の吹かないエアコンほど要らないものはないと思うけど」

 やはり僕の言葉は届いていないのか、何も聞こえなかったかのように妻はてきぱきと外出の準備を進める。

 透け感のある白いシャツを羽織った彼女はまるで風を纏っているかのようだ。

「じゃあ早速電器屋さんに行きましょう。エアコン切って」

「短時間ならエアコンを切らない方が電気代お得らしいよ」

「働かせてる方がお得なんて社畜をはべらす経営者の気分ね」

「最高の気分じゃないか」

 僕たちはエアコンを付けっ放しで家を出た。手を繋いで近所の家電量販店へと向かう。

 最高の気分なので、スキップで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る