甲子園彌榮之祝詞(こうしえん いやさか の のりと)

松嶋豊弐

第1話

 こちらは整理番号D-6468 。アーカーシャの保管庫で厳重に管理されている資料である。

 ご存知の通り、時空切開により採取した過去や未来の直接的な観測行為は、複数の時空の均衡を崩す危険性が高いため、現在は慎重な取り扱いが必要とされている。その一方で、ある未来の時点で時空観測者が禁忌を犯すことにより、近未来には過去が流入するであろうということも観測されている。

 この時空の混入により世界文明は崩壊するものと見られている。科学の衰退した未来では、人類は不可思議な文化を生み出しており、文化人類学上大変重要とされている資料をこれから諸君に見てもらう。

 なお、観測者は時空の干渉を受けるため、記述にも現代語とは異なる点が現れる。言語学の観点からも、これらの資料を活用いただければ幸いである。


甲子会かふしゑ、あるいは甲子宴かふしえん、かつては甲子園いうて書き表されとりました。

 日本Hinomotoちゅう島々における祭りでおます。国を挙げて開く祭りだして、いにしへに作られた西宮の丸いやしろは、それはそれは甚だおほきいこと巨きいこと。いつもは虎神とらがみを祀る氏子の民が西宮の社に訪れ、血潮を滾らせるものだすが、甲子会かふしゑでは日本ひのもとの様々な所から人々が押し寄せます。

 そして、王貞治きみのさだはる鈴木一朗すずきのかずあき大谷翔平おほたにのかけひらといった球御神たまみかみを祀り、人々が神の奇しき力を授かり、国の栄えをねがいます。

 国中くぬちから野球のだまに優れた若人を集め、野球のだまの遊びを競い合う神事かむわざが、甲子会かふしゑではとりわけ名高うございます。

 逞しき肉叢ししむらにひたとくっつく白きころもに身を包み、日に焼けた肌の若人らは野球のだま神事かむわざを務めますのや。

 さて、最も強きを定める決勝きめがちの様を見ていただきまひょ。

 神楽かぐら甲子会かふしゑの始まりを告げますがかつてはいかづちのからくりで大きな音を鳴らしたそうでおます。

 白き衣の若人らは二手に別れ、うやうやしゅう頭を下げ、一人が木棹を持ち、一人は白き球を投げます。

 しかしながら、始めの球はわざと打たず、打ち手は空振りするのがしきたりでございます。これには様々なことが言われとりますが、「負けるが勝ち」を示す、あるいは、元々剣舞つるぎまいでありましたが、後に木棹を空振るようになったんやと言い伝えられとります。

 むしろの場には、頭にはちまきを巻いた黒き詰め襟の若人らが、力づけのために組をなしています。大太鼓を打ち鳴らし、きびきびと舞いながらに、球児たまのこを励ます言葉をおらびます。この雄々しき舞も野球のだまの見所の一つだす。

 球児たまのこらは野球のだま神事かむわざの間、水を飲んだらあきませんと戒められておます。しかれども甲子会かふしゑ

客人まろうどは、「びゐる」と呼ばれる黄金色こがねいろした神酒みきをいただきつつ、野球のだまの遊びを拝み見るのが習わしでございます。甲子会かふしゑではやれしませんが、男盛りを迎えた者の野球のだまでは、勝った組は黄金色の神酒を頭から被り、諸人もろびとの穢れを払います。

 そもそも、野球のだまは、打ち手が球を打つごとに本塁から一回りしていくことから、永久とこしへや命の巡りをかたどるともされておます。そのため甲子会かふしゑは、重ねて彌榮いやさかをもたらすものであるのだす。

 甲子会かふしゑにて、ときたま起こり得ることとして、野球のだまの遊びをする間に雨が降り、場が泥にまみれることがありますが、そのときは汎神圓猊はんしんゑんげいがその御業みわざをもって、泥を乾いた土に変えます。この土の蘇りは、地鎮ちしづめにもなるそうだす。

 わてが解くのを聞いていただきながら、野球のだまの様を見ていただきましたが、九つ目の裏を持って野球のだまは終わりだす。

勝って歓ぶ者、負けて泣く者……甲子会かふしゑでは球児たまのこ一人一人に紡がれる様々な物語があり、毎年彼らには胸が締め付けられますね。

 負けた組は土を集め、持ち帰ります。この甲子会かふしゑの奇しき土にはよこしまを払う力があるため、家では盛塩のようにして置かれます。

 勝った組が故郷ふるさとの学び舎の歌を歌うた後は、厳かな祝詞をもって甲子会かふしゑは締めくくられるのだす』


 ──以上が、甲子会かふしゑにおける「甲子園彌榮之祝詞こうしえん いやさか の のりと」である。兵庫県は西宮の甲子園球場にて未来の夏に行われるとされる。

 資料の言葉遣いや文化から鑑みるに、特に20世紀あたり、つまり昭和時代や平安時代の時空が流入し、世界文明崩壊時の未来に混入するであろうと考えられる。昭和期の大阪弁を基本とし、語彙のほとんどが大和言葉で、時折古語が交じる点も興味深い。なお、時空の混乱が起こる前にも、外来語の乱用に反発して、日本では大規模な日本語純化運動が起きる点も考慮されたい。

 見ての通り、甲子園での夏の全国高校野球選手権と神道が習合しており、スポーツ競技でありながらも、宗教行事としての役割を持ち、相撲に似た側面が見受けられる。

 高校球児らは一種の稚児で、試合は球神たまがみに捧げられる。

 阪神タイガースやプロ野球に似た記述もあり、神道野球においてはビールが神酒みきとされているとも考えられる。

 この資料では、甲子園における様々な謂れが語られるが、それらが真実であるかはまだ不明であり、儀式の発生と発展を確認するため、他の時代も参照する必要がある。さらなる研究の進展が期待される。

 さて、次に見ていただく資料は、裸祭りと花園の全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会が習合しており、全裸でラクビーを行うもので、古代ギリシャのオリンピックのように鍛えあげられた肉体の躍動を賞賛し…………

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甲子園彌榮之祝詞(こうしえん いやさか の のりと) 松嶋豊弐 @MatsushimaToyo

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