第146話、ジョン・ゴッド、瞑想する


 私は、ランダムダンジョンの探索を切り上げた。


 第8階層の、人の欲望を見せる階層で、私には、他の二人のような欲というものが現れなかった。

 ダンジョン攻略的には、罠の一種なのだから、それに引っかからなかったのは運がよかったということになる。


 しかし、人と直に接して、それらしくなってきたとはいえ、欲というものが具現化しなかったのは、私としてはそれなりにショックでもあった。


 私はやりたいことをやってきたはずだ。

 やりたいというのは、欲求であり、欲求とはすなわち欲である。欲トラップが発動しなかったのは、私が追放されたとはいえ神だからか?


 では、ダンジョンを途中で切り上げて戻ったことで、最後まで行きたい欲求が込み上げてきたかというとそうでもなく、行ってもいいけど今じゃなくてもいいや、という気分だった。


 私は何をやっているのだ。

 天界から追放され、地上に降りた。人間にはなれないが、それらしいことをすればいいと思っていたが……。


 こういうのを夢から覚めたというのだろうか。

 何だか急に、周りのことがどうでもよくなってきた。そう思った時、ふと気力をなくした時のイリスを思い出した。


 あの時の彼女も、こんな気分だったのだろうか?

 そのイリスはどうか? 私の作った魔境ダンジョンに挑んでいる。70階層まで進み、立ち塞がる問題に対して、ウイエやフォリアたちと、ああだこうだ話し合いながら、次への意欲を燃やしている。

 私のこの気分も、一時的なものだと思いたいね。何か他のことをすれば、また欲求が蘇るだろうか。


 ということで、久々に私は神様気分で、世界を覗いてみることにした。昔を思い出せば、何かしらのきっかけになるかもしれないと思ったからだ。


 世界は広い。

 意識を伸ばして、遠くにあるものを見る。町や集落、人や動物、モンスターなどなど。空を、山を、海を目まぐるしい速度で視点を移動させて眺め、時にゆっくりと観察する。


「……おや」


 隣国ジルヴィントの国境が何やら、軍隊が集まっているね……。これは侵攻の前触れかな? そしてその軍が向いているのは、がっつりこちらソルツァール王国だ。


 最近、我が魔境ダンジョンを狙って工作員が動いていたが……。うーん、いよいよ動き出すか。

 私は、しばし国境の軍隊の様子を観察したのち、間違いないか証拠集めをする。

 国境で大規模演習をします、というのと、実際に戦争をします、では、大きな違いがあるからだ。



  ・  ・  ・



「国境にジルヴェント軍が集まっています」


 私は、アーガスト・ソルツァール王に告げた。よく息抜きで魔境にやってきてのんびりしていた王は、表情を引き締めた。


「預言ですか」

「まあ、そんなようなものです」


 巷では……フレーズ姫周りでは、預言者なんて言われているらしいからね。


「なるほど。そして、隣国は――」

「ええ、近いうちに攻めてきます」


 戦う準備はしておいたほうがいいね。隣国から王国に守るのならね。


「具体的には、一週間以内に」


 私は、地図を広げ、隣国の兵力について説明した。歩兵5000に、機械騎兵の数は30機。相手側に機械騎兵がいなければ、一方的に蹂躙できる数である。


「30もの機械騎兵……」


 アーガスト王は、顔をこわばらせる。最近、王国でも機械騎兵の製造は始まったが、おそらく数が不足しているのだろう。


「ジョン・ゴッド殿のナイトをお借りできれば、あるいは……」

「イリスが参戦すれば、彼女用のナイトがありますし、クラージュ殿下の専用機も、すでに完成しています」

「おおっ!」


 魔境ダンジョンを作ったり、色々面倒を見ている間に、うちのゴーレムたちが、機械騎兵や、それを運ぶ輸送用の飛空艇を作っていたからね。


「専用の輸送船もあるので、敵が攻めてくる前に、兵力の展開も間に合うでしょう」

「それは願ったり叶ったりです!」


 アーガスト王は、頭を下げた。


「感謝いたしまずぞ、ジョン・ゴッド殿」

「いえいえ」


 前々から思っているけど、私たちの住む魔境に、火の粉がふりかからないようにしたいだけではある。


「では、さっそく防衛戦力を招集させます。ジョン・ゴッド殿が知らされてくだっさったこと、無駄にはしませんぞ」

「はい」


 あくまで、人間同士の争いだからね。私が直接手を下すのは、この身や周りが危険な時のみ。後は、当事者たちで頑張ってもらいたい。



  ・  ・  ・



 アーガスト王は、すぐさま王都にて、王国軍の動員をかけた。彼の臣下たちは、いったいどういうことなのか、王に問うた。彼らは、アーガスト王ほど、私の言葉を信じていなかったのだ。


 ここで私のいうことを信頼しているフレーズ姫が口添えする流れかと思いきや、その必要はなかった。

 何故ならば、国境からの早馬が王城に到着し、隣国軍侵攻の兆候あり、と報告したからだ。


「その数、数千。機械騎兵も二十ないし三十はあると思われます。敵は攻撃準備段階にあり、国境守備隊より増援を求むとのこと!」


 数千の敵。これには王の家臣たちも驚いた。


「預言の通りだった……!?」

「むしろ、預言の方が正確でさえある!」


 私への畏敬の念が強くなる。現地からの証言と一致してしまえば、そうなるよね。


「これでわかっただろう」


 アーガスト王は、一同に告げた。


「国の危機である! ただちに軍を招集。飛空艇にて前線に兵力を移動させ、敵の侵攻を阻止する!」

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