第145話、進む心と、欲の感情
雪山、というか谷が、ランダムダンジョン第5階層の正体だった。
雪の上だと油断して、足元をおろそかにすると、谷に真っ逆さまに落ちてしまうというやつだ。
谷というか、小さな足場が底から伸びていて、奇妙な地形ではあった。これを普通にに踏破しようとするならば、危険な足場渡り、綱渡りが必要になったかもしれない。魔法って便利だよねぇ。
「これは下手に足場に乗らないほうがいいね」
「踏むところを間違えると、雪と一緒に落ちてしまいそうですからね」
ミリアン・ミドールが同意した。足場の上にこんもり乗っている雪だけど、乗っているだけだから、何かの拍子に谷へ落ちるという可能性も捨てきれない。
飛んでいられるだけ楽だよね。……などというのが許されないのが、超難度ダンジョン。雲行きが怪しくなってきて、風が強くなってきた。
「あー、これは……。たぶん、来るわねぇ」
シスター・カナヴィが、曇り空を見上げた。わかるぞ。
「来るだろうね、これ」
予想通り、吹雪いてきた。雪が舞い、冷たい風が吹き荒れるせいで視界が悪い。さて、熱障壁を張って、寒さと雪をシャットアウトする。雪は溶けて蒸発し、寒風も生ぬるい風に変える。少なくとも凍えることはない。
「ミリアン・ミドール君。大丈夫かね?」
「ええ、感覚を遮断することで、寒さを防いでいます。ホムンクルスの体で助かりました」
だろうね。生身だったら、そうはいかなかっただろう。
「ねえねえ、ジョン・ゴッドぉ、ワタシには聞いてくれないのぉ?」
「君は悪魔だから、これくらいどうとでもなるだろう?」
「それは偏見ってものよぉ。寒いよぉー」
はいはい、熱障壁をかけてあげよう。しかし障壁で吹雪も平気だけど、視界だけはどうしようもないな。
「これ、時間経過で何とかなるものかな?」
「天気もランダムならば、可能性はあるのでしょうが……」
ミリアン・ミドールは思考する。
「ダンジョンの進捗に合わせて天候が悪くなる仕掛けであるなら、先に進んでいる限り、悪くなる一方でしょう」
「では、進むしかないね。慎重に、ゆっくりでも」
私たちは前に進んだ。吹雪の時は、下手に動くと遭難するというが……そういうメンツではないんだよね、私たちは。
第5階層のゴールは、雪の塊のモンスター。まわりの雪を取り込んで、形を変幻自在に変えた。巨人だったりドラゴンだったり、様々な姿になった。
この手のモンスターは雪だから熱に弱い……と普通に考えればそうなのだが、何せ周りは猛吹雪で気温が圧倒的に低く、生半可な火の魔法ならば吹き消されるように効果を発揮できない。
「まあ、それでも――」
剣に熱を集中。鉄などなら溶解してしまうほどの熱源を帯びて、私は雪のモンスターに剣を突き立てた。
ジュッと雪がマグマに触れたように溶けた。そこから熱を流し込む。
「終わりだ」
体の中から溶けていく雪の塊。絶叫と共にモンスターは蒸発していった。倒した証明なのか、吹雪がやんだ。
「相変わらず、えっぐいわねぇ、ジョン・ゴッド」
カナヴィが苦笑している。私の攻撃は、ため込んだ熱で剣が溶けない必要があったから、そこらの市販品の武器では真似ができないだろう。
「いやはや助かりましたよ、ジョン・ゴッド様」
一方のミリアン・ミドールは、何やら自身の体をまさぐっていた。
「寒さの感覚を遮断できるとはいえ、関節周りがどうも凍りかけていたようです。もう少しあの吹雪が続いていたら、動けなくなるところでした」
「それは危なかったね」
感覚だけどうにかすれば済むというものでもなかったようだ。ホムンクルスだって不死身ってわけじゃないからね。
「ねえねえ、あれ、ボス討伐の報酬かしら?」
「おや、宝箱かね」
ダンジョン探索の醍醐味というやつだ。それでは中を確認しようじゃないか。
「……何だこれ」
氷のドラゴンの頭? 首から上を象ったドラゴンの置物だろうか。鑑定、鑑定……っと。
「アイスドラゴンの頭。魔力を込めると、冷気を放てる……。最大効果では吹雪を起こせる……?」
「凄い魔道具ですねぇ! 魔道具でいいんですよね?」
ミリアン・ミドールは声を弾ませる。確かに、超難度ダンジョンの発掘品に相応しいレアアイテムと言えた。
それはそうなんだけど……。
「これ、使い道があるかな……?」
・ ・ ・
第6階層、サンドー・シー。砂上船に乗って、動くゴールともいえる砂漠クジラを追いかけるというものだった。カラカラの砂漠に照りつける太陽。広大な砂の海は、強風と暑さ、そして音に釣られて集まる砂のモンスターが敵だったが……、割とあっさり見つけて追いかけっこができた。
船上で大砲を撃ったのが、個人的には楽しかった。
第7階層は、迷宮。次の階層へ行くためのルートを探して、迷路を行き、所々で待ち構えている伝承系モンスターとの戦闘。
ミノタウロスとか、ゴーゴンとか、ヒュドラとか。人間の強者でもそれなりに苦戦するだろうモンスターの数々はしかし、ミリアン・ミドールとシスター・カナヴィの魔法で、大半が蹴散らされた。
シスターはまあ悪魔だからわかるが、ミリアン・ミドールも何気に人間のそれを上回る魔法を会得していたようだ。
「これぞっ、研究の成果っ、ですっ!」
楽しそうだなぁ。二人でも手におえないモンスターは、私が片付けたけどね。倒したアイテムなど貴重品が多かった。
第8階層は、私にとっては『無』だった。なにもない。ただの空間。少し遠いが次の階層の出口が見えた。
が、シスター・カナヴィとミリアン・ミドールがいない。私とゴーちゃんだけだ。
……どうしたものか。どこか別の空間に飛ばされたのだろうか。出口前でじっと待っていたが、現れる様子がないので、探ってみれば、二人ともそれぞれの心の欲につけ込まれて、お楽しみの最中だった。
美人さんたちに囲まれてハーレムを気取る邪道シスター。極大魔法を使いまくって、神のように崇められていい気分になっているネクロマンサー君。
私が強い念話をぶつけたら、二人とも正気を取り戻して、己の欲を振り払った。晴れて合流すれば。
「すみませんでした、ジョン・ゴッド様。危うくダンジョンに取り込まれるところでした」
「精神作用系とは、やるわねぇ」
感心するシスター・カナヴィだが、それはそれとして、私はその欲の部分で『無』だったことが気になった。
私は、欲がないのか? そんなことがあり得るのか?
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