第143話、楽しい探索


 ダンジョン1階層を神殿フロアと言うならば、2階層は古代都市遺跡だった。

 どこぞの古い文明を模したものは、廃虚であり、しかし巨大クモや大型魔獣が潜んでいて、私たち侵入者に牙を剥いた。


「遺跡は風情がありますねぇ」


 ミリアン・ミドールは笑う。


「人類の過去の遺産。本来なら秘宝やら文献的資料やら貴重なものではあるのですが――」

「ここはダンジョンだからねー」


 シスター・カナヴィは、こちらは皮肉げに笑っている。


「見せかけだけ。ダンジョンのお宝はあるかもしれないけどー、遺産的価値はゼロ」

「……でありますから、こういうこともできるんですねぇ!」


 グラビティ・ブラスト――重力弾を放つミリアン・ミドール。その魔法は建物を砕き、モンスターごと押しつぶし、破壊した。


「いやぁっ、気持ちイイ! やはり物を壊した時のカタルシスは、何物にも代えがたい甘美さがありますねぇ!」


 魔境では真面目に先生をやり、勉強もしているミリアン・ミドールである。だからか、こういう場では反動というか、発散というのか……。とにかく内面をドバっと吐き出しているように見えた。


「壊すのが愉しいのは同意するわぁ」


 シスター服をまとう悪魔、カナヴィはそう言うと愛用の槍で、大トカゲを串刺しにした。シスターがか弱いなんて誰が決めた? ゴリゴリのパワー系シスターである。

 他に人がいないから、ダンジョン内を破壊するように暴れても、誰にも咎められない。そういうところで本性が出るというか、ふだん隠している部分を曝け出す。

 まあ、いいんじゃない。こういう場ならさ。……私の仲間は、みな目がイってる。


 私は、遺跡を散策しつつ、襲ってくるモンスターを剣で斬り捨てる。こういう階層なら、むしろ罠や仕掛けがあるかと思いきや、今のところはただの廃墟であって。


「ここは超難度ダンジョンのはずだが……」

「あ――」


 シスター・カナヴィが、変な声を出した。


「ごめーん! 何か仕掛け踏んじゃった」


 可愛らしく謝るシスター。その瞬間、天と地がひっくり返った。

 遺跡都市が天井にあって、それまで天井だった場所は、床になった。私たちは落ちることもなく、床の上に立っていた。


「これは凄い仕掛けですねぇ! 一瞬で上下入れ替わりましたよっ! どういう仕掛けなのか、いやこの仕掛けに何の意味があるのか……」


 相変わらず、ミリアン・ミドールはテンションが高い。遺跡は視界が狭く、潜むにはうってつけだが、今は見渡す限りなにもなく、強いて言えば、チェック模様の床がどこまでも続いていた。


「とりあえず、奥を目指して歩くか」

「そうですね」


 他に何かあるかわからないので、進む。見渡す限り、なにもないので、上の遺跡を見上げ――


「気をつけなさいよ、ジョン・ゴッド。あまり上ばかり見ているとぉ、落とし穴とか、スイッチとかあって踏んじゃうかもぉ」

「その仕掛けを踏んだ君が言うか?」

「踏んじゃったから、言うのよん」


 悪魔さんは悪びれない。これでも元女神様ではある。

 ミリアン・ミドールは顔を上げる。


「しかし、上も見た方がいいですよ。砂粒のようなものが、パラパラと落ちてきていますし、もしかしたら遺跡にいたモンスターが動いてて、上から降ってくるなんてことも――」

「危ない!」


 降ってきた廃墟が。

 とっさに分かれて、落ちてきた遺跡の一部を回避。床にぶつかり、廃墟は砕けた。


「これはまた……とんだ仕掛けですねぇ」

「落ちた仕掛けでしょー」


 何を言っているんだ、君は?

 とかいっている場合ではない。天井の遺跡を見れば、どころどころグラグラしていて。


「また落ちてきそうだね」

「あれは、何なのでしょうか……?」

「うーん、何かいるね」

「何かは、いたでしょお? モンスターとかさぁ」


 シスター・カナヴィは眉をひそめる。遺跡にモンスターはいたよ。でもそういうのではなくて。


「擬態しているようだが、超巨大個体がいて、遺跡を落としているみたいだ」

「となりますと……この階層のボスということでしょうか?」

「たぶんね。階層を上下逆にならなかったら、どういう遭遇になっていたんだろうね」


 興味深くはあるが、そうこうしているうちに天井遺跡がバラバラと落下してくるので、それを回避!

 さてさて、ボスであるなら、倒さないと次の階層にいけないかな。


「ジョン・ゴッド様、私には見えないのですが、ひょっとして天井遺跡全体を覆えるくらい巨大だったりしますかね?」


 ミリアン・ミドールが尋ねる。遺跡の広い範囲でグラグラしているからね。見えなくても、その範囲の広さから、想像はできてしまうわけだ。


「かなり大きいよ」


 はてさて、1階層の巨人も大きかったけど、ここに潜んでいるヤツも相当だ。


「形はトカゲ型だ。天井に張り付いている」


 そしてドンと手で小突くと遺跡の一部を下に落としてくる。


「うーん、これはちょっと厄介だわねぇ」


 シスター・カナヴィは、建物の他に落ちてくる岩の欠片などを避ける。


「これ、人間が相手できるレベルではないわ。悪魔でもちょっと、面倒だからできれば戦いたくないわー」

「超難度ダンジョンのフロアボスというだけのことはあるようだね」


 では、私がやろうか。

 跳躍で、高い天井付近にあっという間に移動。擬態しているけど、私からは見えている。こいつのトカゲ頭、その横っ面にキック!


 ズガンッと、衝撃と共に壁面へと吹き飛ばす。真下に落としてしまうと、二人も危ないからね。

 地響きと共に、擬態していたそれに色がつく。ちょっとした小山みたいに大きなそれがヌッと現れる。


「うへぇえええぇっ!?」


 ミリアン・ミドールが奇声をあげて驚いた。気持ちはわかる。私は蹴り飛ばしたそれに飛びかかり、胴体に剣の一刺し。中々分厚い外皮だが、この剣の前には無意味だよ。


「弾けろ」


 力を流し込み、モンスターの内部から爆発! 哀れ巨大トカゲは破裂した。周囲が体液の色に染まった。


「ちょっと、ジョン・ゴッドぉ……」


 ちゃっかりバリア的なもので身を守っていたらしいカナヴィだが、周りの惨状に思い切り顔をしかめている。


「臭いが凄いから、近づくならそれ落としてからにして……」


 おぅ。私は返り血を全身に浴びていた。これはいけないな。

 でもこういうのも、冒険者の醍醐味じゃないかと思うんだ。

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