第142話、わからないも楽しい


 先に何があるかわからない。

 何が待っているのか。得体の知れない緊張感と、何があるんだろうというワクワク感。人間たちが初めてダンジョンに足を踏み入れる時の気持ちとは、こういうものなのだろうか?


 重々しい扉が、私たちの来訪を歓迎するように勝手に開く。期待に胸を躍らせ、ダンジョンに足を踏み入れる。


「ほう……」


 石造りの迷宮かと思いきや、やたら広い神殿風の内装がお出迎え。なにやら床の石材がかすかに光っているようで、光が下から上へと伸びていた。

 ミリアン・ミドールが視線を上げる。


「ずいぶんと高い天井ですね」

「これ、人間サイズじゃないんじゃない?」


 シスター・カナヴィは言った。


「巨人が出てきても、余裕で動き回れるんじゃない」

「まさに。特に迷路でもなさそうだし、このまま真っ直ぐいけばよさそうだね」


 ただ、思い切り遠い。徒歩だとどれくらい時間がかかるかな?

 てくてくと歩くのも、時間だけ食って面倒そうなので、加速の魔法を使い、滑るように進む。

 しばらく何も起こらなかったが、やがて、ズシン、と地面が揺れた。そして敵の姿も。


「シスターの言うとおり、巨人が出てきましたね!」

「ワタシのせいじゃないわよ?」


 本当に大きい。モンスターを調べに飛び回った時に、巨人族も見かけたが、それよりも遥かに大きかった。高さは20メートルくらい?


「これ、普通の人間で対抗できる?」

「どうでしょうね」


 ミリアン・ミドールが苦笑する。


「私クラスの魔術師でも、ちょっと確約できませんね。そういうレベルなので、間違っても近接の戦士や騎士が挑んではいけないでしょう」


 潰されるのがオチだ。小さな虫が大きな動物に、体格とパワーで勝てないように。……ただ小さな虫でも、巨大な生き物を殺す術がないわけではない。


「どうするのぉ、ジョン・ゴッド?」


 特に慌てた様子もなく、シスター・カナヴィは、私の判断を委ねる。そうだねぇ……。


「じゃあ、ちょっと倒してくる」

「うん、いってらっしゃい」


 シスターのお見送りを受けて、私は飛び跳ねるように駆けた。ズシン、ズシンと巨人は一歩ずつ踏みしめながら向かってくる。その歩行のたびに揺れが大きくなる。ちょっとした地震のようなもので、近くで足踏みされただけで、それだけで人間は立っていられなくなるだろう。

 巨人の足がつく前に、私の足は地面を離れている。合わせて跳びながら距離を詰める。


 抜剣! 構わず移動する私に、巨人は足を止めた。完全に間合いを狂わされたからだろう。

 指くらいの大きさしかないこちらが、素早く動いてくれば巨人とてその能力の全てを発揮できない。大きければいいわけではない!


 と、巨人が右足を上げた。迫る私をタイミングよく踏みつぶそうというのだろう。哀れよな。

 私はグンと加速する。さらに速度を上げて、巨人の体を一手に支えている左足に一撃。


「断!」


 巨木すら一刀両断する私の剣だ。大木のように太い足もまた切断。巨人はバランスを崩して、前方に――つまり私の後ろに倒れた。激しい震動、埃が舞った。


 さて、片足を失ったが、それでこの巨人が終わったわけではない。彼には手があって、足がまだ一本残っている。

 何やら獣の咆哮なような声をあげながら巨人が身を起こし、私を探して濁った――殺意の視線を動かす。


「獣とさほど変わらないようだ」


 私は跳躍し、巨人の首へ迫る。相手は地面に両手をついて起き上がっているところだから、反撃しようがない。


「トドメは刺しておかないと、仲間が危ないからね」



  ・  ・  ・



「おおっ、さすがはジョン・ゴッド様! あのような巨人をいとも容易く……!」


 ミリアン・ミドールは感嘆した。私もあれほど大きな巨人は初めてだったけど、かつて戦ってきた悪魔と比べると、そうでもなかった。


「体が大きいだけだ」

「それを剣一つで倒したのですから、賞賛に値しますよ。この世を見渡したところで、あなた様と同じことができる人間がいましょうか!? いいえ、いませんとも!」

「そうかな?」


 私は、シスター・カナヴィを見た。


「どうかしらねぇ。人間・・ではいないかも?」


 意味深にシスターは笑みを浮かべた。


「イリスは?」

「倒せるかもしれないけれど、アナタよりもっと時間がかかるんじゃない?」


 ……そうかもしれないね。

 あの聖騎士なら、あの巨人と戦って勝てたかは、実際にやってみないとわからないが、カナヴィが言うように勝つ可能性もある。

 まあ、彼女と比べるのはよそう。あまり意味のないことだ。ここにイリスはいないのだから。


 さあ、ダンジョン探索の続きといこうか。まだまだ始まったばかりだ。

 一階層を道なりに進むと、巨大な門に出くわした。ここを超えないと先には進めないね。


「閉まってますねぇ……」


 ミリアン・ミドールは、門を見上げる。重厚な金属の扉は、先に遭遇した巨人でもなければ開けられないように思えた。


「ジョン・ゴッドぉ」


 シスター・カナヴィは甘えた声を出した。


「ちょちょっと、開けちゃってぇ」

「ふむ」


 扉に手を触れる。ずっしり重いねこの感触。常人では束になっても動かないだろう。魔力を伸ばして扉に広げる。……ふむふむ、なるほど形は理解した。

 それでは真っ直ぐに力を込めて、放つ。


 バァン、と轟音と共に、金属の巨大扉の片方が奥へ吹っ飛んだ。


「うっそおぉぉぉっ!?」


 ミリアン・ミドールが叫んだ。シスターはニヤニヤしている。


「さっすがジョン・ゴッドぉ。ちっから持ちぃ!」


 さあ、奥に行きましょうかね。門を越えて、私たちは奥へと踏み出した。

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