第140話、ダンジョンと聞いて寄ってくる者たち


 魔境は平穏の中にある。

 ジョン・ゴッド魔境学校の生徒たちも、勉強が板につき、以前より自分のやりたいことについて積極的になっているようだった。


 休み時間ともなると、日替わり迷宮を解いたり、校庭で球技だったり、ランニングなどの体力作りをしたり姿を見かける。屋内に目を向ければ、カードゲームや双六などに興じていて、笑い声が絶えない。

 午後になると、冒険者志望だったり、護身術を学びたいという生徒が、武器の扱い方ややはり体力作りをしている様を見ることができる。


 魔境ダンジョンに目を向ければ、大盛況というべきか。別に観光地ではないのだが、一山当てようという冒険者たちが、色々なところから集まっているという。

 その影響もあってポルド城塞都市の景気もよくなったという話も聞いている。魔境ダンジョンに入る祠に行くために、拠点となるだけあって他方からやってきた冒険者たちが金を落としていくからだ。


 ダンジョンが近い町や集落は、こうしたダンジョン需要によって潤うことがしばしばある。……まあ、ダンジョンスタンピードがひとたび起こってしまうと、滅ぼされてしまうリスクもあるけれど。

 しかし、人が集まれば、素行の悪い者もいるわけで、町の方でもちょこちょこっと問題も起きているという。


 全員が全員お行儀がよいわけがないのだ。特に冒険者は、モンスターにも果敢に挑む胆力があるほうが望ましいという職業だから、血の気の多い者も多いという。学がない者も割と多く、わかりやすい暴力で解決しようとする輩もいる。

 時々、ダンジョン内でも冒険者同士――別のパーティーと遭遇した時に何や喧嘩になることがあった。何をやっているんだか……。


 ダンジョンでのことは、冒険者は自己責任が原則だから、私たちの知ったことではないが、目につくときは、モンスターの大群を流し込んで喧嘩どこではないようにするよう、私は指示を出した。

 原因について知ったことではないのはそうなのだが、ここでやるな、というのが本音。自分には関係ないが、争っているのを見ると不愉快になるのだ。


「では、第五回ダンジョン遠征演習を始める!」


 魔境ダンジョンを生み出す結果となったクラージュ第二王子と、騎士団によるダンジョン演習も始まった。

 最初は、状況に合わせた階層で訓練という予定だったが、この人たちも普通に一階層から、ダンジョン攻略を始めた。

 すでに四回実施され、第十階層まで進んだのだという。


 なお前回にようやく十階層と聞いて、我らが聖騎士イリスがニンマリしながら、こう言ったそうだ。


『ププ、四回も入ってまだそこなの? 私たちは初回で十階層を超えたわよ』


 これにはクラージュ王子もご機嫌斜め。しかしイリスも、ずいぶんと他人を煽るようになったものだ。

 もちろん、からかいなのだろうが、周囲に対して砕けた態度を取るようになった――とは、友人であるウイエの意見。彼女曰く。


『今が充実しているんじゃないかしら。日々に張り合いというか、楽しいと思えることがあるのは、いいことだと思うわよ』


 確かに、一時期、世間に疲れて死んだ魚のような目をしていた頃もあったなあ、聖騎士殿は。ここでの生活がリハビリになったのかもしれない。


 しかし、イリスよ。楽しそうなのは結構だが、クラージュ王子たち騎士団をそうからかうものではない。

 そもそも君は、自分が規格外であることを思い出すべきだ。比較的経験の浅い新人を複数抱えて、移動する騎士たちとそもそもの条件が違うのだから。



  ・  ・  ・



 さて、日々の生活は楽しいが、そうも言っていられないのが世の中というものだ。

 先日、ミリアン・ミドールが警告してくれた通り、私は自身のダンジョンにやってくる不審者に注意を払った。

 また、冒険者ギルドを訪れ、相談所の真似事をして、やはり不審な者がいないか見て回った。


 隣国の工作員が、私のダンジョンにちょっかいを入れるとすれば、高い確率で冒険者という職業を利用するだろう。

 冒険者は自己責任の職業だから、なるだけなら実はかなり緩い。そして冒険者がダンジョンに挑むのは、極々普通のことだから、怪しまれることはない。工作員の隠れ蓑には、打ってつけである。


 人種も年齢もさまざまで、過去についても自称するくらいしかわからない者たちから、見た目で工作員と判別するのは普通なら困難ではある。

 よく見ている人が、何らかの仕草から工作員だと見破ることはできるかもしれないが、そういう人間は極わずかだろう。


 まあ、私は鑑定するから、一目見れば、人種と冒険者の裏に隠れている職業がわかるんだけれどね。

 冒険者の中には、他国から移ってきている人もいて――ああ、逆か。他国から移って、実力次第とはいえ、なるには楽な冒険者を選んだ人も多いから、他国人だからといって、それが即工作員というわけではない。

 むしろ、出身はこの国、しかし他国のスパイという場合もある。一方的な決めつけはよろしくないが、鑑定の前では、等しく正体がわかる。


 そうやって見ると、いるんだよねぇ、工作員が。

 地方からも人が集まっているという状況だと、余所者だから不自然ということもなく、周囲に溶け込んでしまう。初めて見る人間が多すぎて、不審に思う間もない、というやつ。


 ソルツァール王国にとって、敵性国の工作員は摘発したい対象だ。何かした、というわけでもなく、ただ情報を流されたというだけで、王国が損失を被ることもある。

 獲得した情報を元に、それとなく目に見えない攻撃してくることもあるし、弱点とみればそれをついて戦争を始めるきっかけになったりもする。


 冒険者ギルドで、そういう工作員を見かけても、冒険者的には、明らかに害にならない限りは、せいぜい通報程度しかできない。前職についてはこだわらないのが、冒険者の界隈というらしい。

 だから私は、ギルドや町で見かけた工作員の件は、王国――グロワール第一王子に知らせることにした。

 それを聞いたら、王子は即、部下をやって、工作員逮捕に動いた。


「私の鑑定しかないけど、捕まえても大丈夫?」

「あなたの鑑定は信頼していますよ、ジョン・ゴッド様」


 グロワール王子は言うのである。


「聞けば、冒険者たちの隠れた素質を開花させていらっしゃるとか。王国側にも、ジョン・ゴッド様に視てもらいたいという人間がいますよ?」

「それは光栄だが……あまり多いと、ね」


 冒険者たちの相談も、一回りすれば落ち着くかと思ったけど、余所からきた冒険者も私目当てに来ている者もいて……、全然列がなくならないんだよね。


「ジョン・ゴッド様のおかげで、工作員がわかり捕まえることができる。これは、我が王国にとって多大な貢献です。ご迷惑かもしれませんが、お礼は受け取っていただきたい」

「今度は何をくれるのかな?」


 私も冗談めかした。この手のやりとりも慣れてきたからね。

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