第139話、暗躍する者たちに注意を
魔境ダンジョンが、一般冒険者に開放された。
最初期のテスターの方々も、まだ半分も辿り着いていないのだが、少なくとも開拓された階層までは、まことにダンジョンであると太鼓判を押されたので、問題はないだろう。
「――まあ、ダンジョンに正解なんてありませんからね」
そう言ったのは、ミリアン・ミドールだった。
「ジョン・ゴッド様がお作りしたダンジョンも、ダンジョンコアで設計された以上、ダンジョンなんですよ」
ジョン・ゴッド魔境学校の図書館で、魔法関係の本を読むミリアン・ミドール。私は思わず肩をすくめる。
「では、テスターなんて最初からいらなかった、と?」
「そうは申しません。どういうダンジョンとするのか、あなた様の理想に近いものなのか、試してみることは大事です」
ただし、どうあろうとも、ダンジョンであるのは覆しようがないので、あまり気にするものでもない――とミリアンは言うのである。
「ともあれ、魔境ダンジョンは大盛況のよう何よりでした。風の噂では、ポルド城塞都市を拠点にしている以外の冒険者が、続々集まってきているとか」
「ちょっと意外だったんだよね」
私は正直に言った。
「元々はダンジョン演習場として作ったものだから、冒険者を招く予定ではなかった。ダンジョンとしてのリアリティを出すためにテスターを冒険者に依頼したが、結果として、ただの演習場では済まなくなった」
「何事も、ジョン・ゴッド様は真面目に取り組まれますから」
ミリアン・ミドールは本を読みながら言う。
「妥協しない姿勢が、結果として周りを巻き込んでいる。ただ、いい方向に向かっているようなので、それはそれでよいと私は思いますが?」
「それならいいんだけどね」
悪い方に進んでいるというのであれば改めるが、そうでないのならそのままでも構わないと私も思う。こういう部分は、私はミリアン・ミドールと感性が似ているなと思う今日この頃。
「――とはいえ、私も気になっていることがあるんですよ、ジョン・ゴッド様」
「何だい?」
「隣国のことです」
そこでようやくミリアン・ミドールは本から顔を上げた。
「ジルヴィント人たちが、このまま大人しくしているは思えないんですよ、私は」
国境に軍を集めて、他国への侵攻の機会を窺っている隣国。……そういえば、以前のミリアン・ミドールが、王国に対する攻撃を行ったのは、隣国人の工作のせいでもあったんだっけ。
この国に混乱を引き起こして、弱体化を図る。そして機を見て、全てをかっさらう。実に嫌らしい手口である。
ダンジョンコアを提供し、スタンピードを起こさせた隣国工作員……。あれでミリアン・ミドールとの接点が切れたから、ここのところ気にしていなかったが、新しい工作員を送り込んでソルツァール王国弱体化計画を進めていてもおかしくはない。
「気をつけてくださいよ、ジョン・ゴッド様」
ミリアン・ミドールは真顔である。
「この魔境ダンジョンの噂が大きくなれば、隣国の目につき、工作員を送り込んでくるやもしれない」
ダンジョンは、貴重なモンスター素材を含めて得られるものが多い。それらは結果的に国を強くすることもあり、隣国としても、そういうソルツァール王国に益をもたらす存在は無視できない。
「色々なところから冒険者がやってくるなら、その中に紛れ込んでくる可能性もあります」
「実に面倒だねぇ」
ただ最近の騒動の裏で暗躍していた隣国工作員だ。ミリアン・ミドールの指摘通りにやってくる可能性を否定できない。
「ここにはこなくても、有力な冒険者たちが魔境ダンジョンに集まれば、それ以外のところが手薄になるわけですから。地域のモンスター討伐が後退して、スタンピードのようなバランスの崩壊からの災厄が発生する恐れもあります」
……基本的に来る者は拒まずのスタンスなんだけど、悪意をもって近づいてくる者は別だ。
私の庭先で、身近な人を害するのは許せないよねぇ……。
・ ・ ・
「魔境ダンジョン?」
「そうだ。最近、確認されたものでな。本当かどうか100階層もある大ダンジョンだとか」
男たちは話す。
「今、王国の冒険者たちは、このダンジョンの話で持ちきりさ。何でも古代の大魔術師の作ったダンジョンらしくてな。手に入る武具や魔道具は、現代のものを凌駕しているって話だ」
「武器や魔道具は厄介だな……」
「そうだ。あまりに発掘されると、この国を攻撃した時、意外な反撃を受けることになるかもしれない」
「それは……よろしくないな」
「よろしくないな、確かに」
頷く男たち。
「当然、王国に利のある物は、破壊すべきである。我等の祖国のためにも」
「あるいは、それらをこちらで入手できれば、侵攻の時の助けになるかもしれない」
「まずは、どんなダンジョンなのか調査が必要だな」
その男は周りを見渡し、声を落とした。
「こちらの益になるものは回収。それ以外は潰す」
「まずは調査を」
「可能であれば、破壊工作も――」
男たちは密談する。ソルツァール王国にダメージを与え、やがてくる攻撃のために祖国の助けになることを。
我らが祖国のために――
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