第132話、ギルマスから見たジョン・ゴッド


 初めて見た時の感想を言えば、掴み所がない御仁、というところだ。

 ワタシはアーミラ・コルドウェル。ポルド城塞都市の冒険者ギルドでギルドマスターをやらせてもらっている。


 これまで色々な人間を見てきたが、今回やってきたジョン・ゴッドなる人物は、外見だけでは珍しく判断に困った。

 魔術師のような格好をしているが、魔術師ではない。若そうに見えるが、漂わせている雰囲気は、老人のような落ち着きようで、外見で年齢が測れなかった。


 付き添いに、第七王女のイリス殿下がついていたことも、ワタシの混乱を誘った。顔には出さなかったけどね。

 貴族かとも思ったけれど、ジャラジャラしたものを身につけているわけでもなく、見栄を張る気配もないから、それも違う。


 久しぶりにフォリアに会えたのは嬉しくあったが、話を聞いてみれば、彼女の師匠なんだとか。……じゃあこの人は、冒険者なのか?


 結果から言えば、冒険者でも魔術師でもなかった。

 降参だよ。何の用で来たのか聞いてみたら――


『ダンジョンを作ったので、冒険者でテスターをやってもらいたい』


 ……耳を疑ったね。

 よくよく聞けば、王族からの要請で作ったダンジョンらしく、そこを演習場にするのだそうだ。ダンジョンに精通している冒険者に、その出来を見て意見をもらいたいってのが、ジョン・ゴッド氏の依頼だった。


 幻と言われているダンジョンコアを持っているって話もビックリだが、それは王族のシマだから詮索無用だそうだ。まあ、イリス殿下がいるってことは、そういうことなんだろうさ。

 下手に突っ込んで、王族から目をつけられるのもご免だからね。そこはいいさ。その作ったダンジョンが100階層もあるってのも、まあ……いいのかぁ?


 そのダンジョンが魔境にあるとか、そこと行き来する転移の杖なる魔道具とか、色々つっこみどころだらけだけど、イリス殿下が睨んでくる以上、根掘り葉掘りとはいかない。追々わかればいいさ。


 一通りの説明が終わり、ジョン・ゴッド氏らはギルドの演習場のほうへ行った。ワタシは鑑定士を呼んで、今回のクエストの報酬について精査させた。

 ジョン・ゴッド氏が置いていった武器と、魔獣素材が、実際にどれほどのものか、きちんと報酬になるかの確認だ。


「どうだい、ポルヴィック?」

「……」


 眼鏡の鑑定士は無言だった。武器の一つ、ショートソードを手に持ち、じっくりと細部を眺めている。

 一心不乱。鑑定しながらでも話くらいできる男が、である。


「ひょっとして、わからないとか?」

「これ……オリハルコンです」


 ボゾリと、鑑定士は剣を見つめたまま。


「この輝くような刃……。ダンジョンでも最深部にあるようなレジェンド級の武器です」

「オリハルコンの話は知ってる」


 知ってるが……。実物なんて滅多に見られるものじゃない。トップランクの冒険者でも全員が持っているわけではない、希少中の希少品。……マジか、信じられないね。


「本当にオリハルコンなのかい?」

「間違いありません!」


 鑑定士の声が段々大きくなる。


「ここまで状態のいいものは珍しい……! これ一つで、町が買えますよ!」

「わかったから、少し声の量を下げてくれ。……参ったね」


 普段、淡々と仕事をこなしているポルヴィックが興奮しているのは初めてみた。こいつの鑑定は信用できる。だがこいつがここまで興奮するとは相当なものだ。

 しかし何が厄介って、正確な額はわからないが、町が一つ買えるとかってのが本当なら、依頼料の桁が違い過ぎる。


 つまり、もらい過ぎってことだ。これは、こっちもしっかり力入れて、冒険者を割り振らないといけないね。

 元から手を抜くような仕事はしてないんだけどね。これだけの額があるなら、トップランカーのパーティーだって充分にやってくれるだろう。

 それはよかったとして、まだ終わりじゃないんだよねぇ……。


「ポルヴィック、悪いけど、こっちも見てくれ。いつまでもオリハルコンを見てないでさ」


 そう言ったら彼は少々不満そうに、魔獣素材の鑑定にかかった。

 巨大魔獣の尻尾と、牙や爪だろうが、この大きさはちょっと見たことがない。ワタシも前線に出ていた頃は、色々倒してきたんだけど。


 魔境のモンスターだって話だから、まさかあのデカブツじゃないだろうね? 魔境には入ってそこそこのところまでしか行ったことがないが、恐竜型の大型魔獣は目撃して、そのまま引き返した思い出がある。あんなの人間がどうこうできる代物じゃあない。


 だからこそ、ここにある魔獣の部位が、例の恐竜型なんじゃないかって思えるわけだ。倒したのは、イリス殿下か? 王国一の聖騎士であるあの人なら、ドラゴンだって倒しちまうからねぇ。

 まっ、結果から言えば、ワタシがかつて見た恐竜型だろうというのが、鑑定士の答えだ。


「本物を見たのは初めてですが、これまでの目撃情報から推定される容姿、生態から、おそらくそうでしょう。もし違うなら、まったく未知のモンスター素材となります。これだけの大きさですから、その買い取り額も跳ね上がるでしょう」


 どっちに転んでもヤバいヤツの素材ってことか。これだけでも依頼料には充分過ぎる。いやはや、とんでもないものを持ち込んでくれたよ。

 その時だった、裏の演習場で、オヤジが馬鹿みたいな大声を出したのは。


『オオオ! オオオオォォォォー!』

「うるせぇぞ、オヤジ!」


 ワタシは思わず窓を開けて一喝した。年甲斐もなく大きな声を出しやがって。


 そうしたら、古傷で全力が出せないはずのオヤジが、パワーファイター用の金棒をブン回していた。目を疑ったね。

 どうしてこうなった? わけがわからない。これまで散々、傷を治そうと有名なヒーラーにあたって全部駄目だったのに!


 話を聞いたら、ジョン・ゴッド氏が治したって言うじゃないか。この御仁、ヒーラーだったのか。こんな不治の古傷すら治療しちまうなんて大したものだ。

 しかし、そんな腕利きがいれば、有名になるはずなんだが、ジョン・ゴッド……知らないなぁ。


 あと何か知らないがギルドフロアで、冒険者たちを相手に何かやり始めた。何でも人の適性がわかるらしくて、ジョン・ゴッド氏の助言で、ルーキーが才能を開花させたんだそうだ。


 ……は? じゃああれは、って、列になってる! あの冒険者たち全員、ジョン・ゴッド氏の助言待ちだっていうのか?

 おいおい、マジかよ……。わからないが、それで冒険者たちが強くなるなら、まあ、いいか……。

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