第131話、ジョン・ゴッドの診断


 冒険者ギルドの駆け出し魔術師と、中級魔術師にちょっとアドバイスをしただけだったのだが、だいぶ注目を集めてしまった。

 それはそうだろう。新人の魔術師がいきなり、中級ランクの雷属性魔法らしいサンダーボルトを使ったんだから。

 演習場にいた冒険者たちの視線が集まるのも、まあわからないでもない。


 そんな周りが集まる前に、副ギルド町であるコング氏が声をかけてきた。


「ちょっと、一緒にきてもらっていいか?」

「いいですよ」


 私は鷹揚を心掛ける。イリスからは加減しろ馬鹿(意訳)と注意を受けたが、助言なんて誰だってすることだろうに。大げさだなぁ……。


「様子を見ていたし、聞こえたから確認なんだが……。ジョン・ゴッドさん。あなたは、人の適性がわかるのか?」

「まあ……鑑定持ち、と言えばいいのかな?」


 鑑定能力と言えば、何とかなるでしょ、と入れ知恵したのは、今は家にいるウイエである。


「あー。鑑定か。それが本当ならば凄いことだ。……ちなみに、オレは鑑定でわかるのかい?」

「――ラドロー・コルドウェル。『コング』というのは愛称というか、あだ名だね。由来は、そういうモンスターに似て、力強さと貫禄から」

「ほう……。名乗らなかったのにな。……フォリア嬢ちゃんから聞いたかい?」


 コング氏が、フォリアに顔を向けると、彼女はブンブンと首を横に振った。


「い、いえ。というか、わたし、コングさんの本当のお名前、初めて知りました!」

「ギルド内じゃ、もっぱらこっちの名前だったからなぁ。なるほど、鑑定持ちってのは嘘じゃなさそうだ。……ん? どうしたんだ、ジョン・ゴッドさん」


 私が鑑定を使って見ていたからか、コング氏が気づいたようだった。ふむ……。


「神経が傷んでいるね。……これは毒か」

「おう。そこまで見えたか。ああ、こいつは昔、モンスターにやられた影響でな。年々痺れが酷くなってやがる。おかげで、オレも今じゃ探索にもいけねえ」


 コング氏は何でもないように言うが、それが自嘲なのは見ればわかった。本当は、まだまだ諦めていないだろう。実際、体を鍛えているのは見ればわかる。


「医者が言うには、そのうち痺れも感じなくなるらしい。だがそいつは――」

「完全に神経がやられて駄目になる……だね?」

「あぁ、そんときはオレもおしまいだがな。ガハハっ!」

「コングさん……」


 フォリアが目を潤ませる。何だかんだ幼少の頃よりお世話になっている冒険者ギルド。彼女にとっては、コング氏とも割と親しい関係なのだろう。


「除去、そして再生」


 私はコング氏の右腹部――その毒を食らった場所に手を添えた。一瞬の光が、辺りを駆ける。コング氏もとっさに目を庇った。


「うおっ!? 今のは何だ……いや、ちょっと待て。これは痺れが、感じられない……! なんてこった、オレはとうとう駄目なのかッ」


 ガクリと膝をつく大男。


「神経毒が、ついに全身を――」

「その毒は取り除いた」

「え……?」


 私の言葉に、コング氏は呆けた顔になった。


「ついでに、傷んだ神経も健全な状態に戻した。……適当な得物を振り回してみなさい」

「お、お?」


 コング氏はしばし、手の体の感覚を確かめ、その巨躯で軽くジャンプを二回。相変わらず目を丸くしたまま、武器置き場に移動する。無言で見るからに重そうな金棒を取ると、次の瞬間、ブンブンと振り回した。

 周りから『おおっ!?』と声が上がる。その豪快なスイングは、風を切る音を辺りに響かせる。あの鉄棒でぶん殴られたら即死だな……。


「おおっ! オオオ! オオオオォォォォー!」


 雄叫びをあげながら、金棒を振り回す大男――危ないなぁ。


「うるせぇぞ、オヤジ!」


 ギルド建物から、ギルマスのアーミラが窓から怒鳴った。だが直後、彼女も呆けた顔になる。


「なっ、オヤジ? 何やってるんだ!? あんた、もう武器は振り回せない体じゃ――」

「治った」


 コング氏は満面の笑みを浮かべ、しかし目が据わっているので、異様ではある。


「オレ、ダンジョンに行く」

「は?」

「冒険者復帰だァー!」


 天に叫ぶように宣言するコング氏。周りも、ある者は歓声をあげ、またある者はざわついている。

 やりとりを黙って見守っていたイリスが、私の隣にきた。


「またあなた、やらかしたでしょう?」

「治療行為だよ」


 普通のことでしょうよ。イリスは肩をすくめる。


「まあ、あなたに常識は通用しないから、それはそれでいいんだけど――」

「いいんですか?」


 フォリアが突っ込んだが、イリスは首を振った。


「それはそれとして、結局、彼、何の話であなたを呼んだの?」

「さあ……?」


 適性が見えるか云々って話で呼び止められたみたいだったけど、何の話だったんだろうね?



  ・  ・  ・



 結局、あの時コング氏が呼び止めたのは、新人魔術師がいきなり中級魔法を使えた理由についてだった。

 つまり、あの場にいたその他大勢が抱いた理由の確認だったわけだ。最初の問いかけで完結していたわけだが、あの後の騒ぎで有耶無耶になってしまったからね。


 私は、冒険者たちに取り囲まれ、適性について鑑定してほしいと頼まれた。イリスは、ほら見なさいと言わんばかりの顔をしていたが、私はこの流れに乗っかることにした。


 だって冒険者たちが、自分から見てほしいというんだよ? 普通なら、人の能力を勝手に鑑定するのは、マナー違反とか言われるらしいじゃないか。

 冒険者というものを理解するのに、『タダ』で見せてもらえるんだから、利用しない手はないわけだ。


 ということで、ギルドフロアの一角を借りて、私は椅子と机を借りて、相談員の真似事をやった。イリスからは胡散臭い占い師みたい、なんて言われた。……それ、占い師に対する偏見じゃない? 大丈夫?


「――君は、棒状の武器が得意そうだね。子供の頃にそういうものの扱いに慣れていたんじゃないかな? 剣も悪くないけど、長物も扱ってみると伸びるね」

「――あなたは、残念ながら魔術の適性が伸びないね。これは遺伝的なもので、生まれつき魔力の具現化効率が悪い。何か劇的な体の変化があれば、あるいは変わるかもしれないけど、そういう外部から変えることができる導師を探すか、戦闘スタイルを変えるのがいいかもしれない。例えば、威力を捨てて、瞬間的発動による目眩ましとか――」


 などなど、個人個人を鑑定し、その上で助言をする。言い出したらキリがなくなるから、一人につき一つという風に対応した。それでなくても、順番待ちの長い列ができていたから。

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