第126話、観察、そして製作とくれば……


 モンスター研究は、好奇心が旺盛な人間のそれを大いに刺激した。


 冒険者だからと付き添ってくれたフォリアに始まり、魔術師ウイエが関心を示すと、学者のクロキュス、そして魔法先生のミリアン・ミドールも参加と、人の数が増えてきた。

 クロキュスは、図鑑やこれまでの知識と実際を確認しては、一喜一憂していた。


「――ふむ、やはり本物を見るというのは、書物からだけではわからない発見があるものですね」


 普段、書庫なり図書室の本の虫であるクロキュスは、前々から実物を見てみたいという欲求はあった。だが自身の体力のなさ、何より子持ちという関係で、危険な実地観察は難しかった。

 が、飛空艇で安全な場所から観測できるとあって、この機会を楽しんでいた。


「クロキュス殿、あれを!」


 ミリアン・ミドールは、レアものモンスターを見かけると、その初遭遇に興奮を隠せずにいた。


「あれ、伝説の一つ目巨人じゃないですか!?」

「おおっ、サイクロプス……まさか、こんな」

「実物をこうして見ることができるとは! 私はなんと幸運かっ! これも神の――ジョン・ゴッド様の思し召し!」


 テンションが高いミリアン・ミドール。ウイエも興奮していたのだが、他の二人を見ていたせいか、控えめであった。


「というか、ちょっとツキ過ぎていない?」


 ウイエはそんな疑問を口にするのだ。初回のインパクトからずいぶんと慣れたフォリアも口を開いた。


「やっぱり、そう思います?」

「思うわよ。貴女は?」

「はい。何だか、幻と言われるのとか、滅多に見ないモンスターとか、割と見かけているような気がするんですよ」


 図鑑で見たものとか、と言うフォリアである。ミリアン・ミドールが歓声を上げた。


「ジョン・ゴッド様の思し召しデス!」

「……」


 これには呆れ顔のフォリアとウイエである。


「冒険者ギルドでも、名前くらいしか聞いたことがないものの実物が見られる。一体や二体ならともかく……。これまで見てきたモンスターなんて、ほんの一部だったんだなって思いました」

「そう、よね……」


 ウイエは、ちらを私の方を見た。


「貴方、何かしてる?」

「何か、とは?」

「こういうレアものが出てくるように、何か操作したりしていない?」

「そんな技があるのか?」


 私はしていないよ。君は私のことを何だと思っているんだ? 本当にお笑いだ。

 ただまあ、索敵かけて、どこに何がいるか確認して、そちらに飛んでいるだけではある。モンスター側には何もしていないよ。


 範囲が広い、いや人間たちからしたら広すぎる索敵の技ではあると思う。これでもね、下っ端ではあるが神だったわけだからね。

 天空から地上を覗いて、それを探し出すなんて、よほどではない限りは不可能ではないわけだ。


 ともあれ道中賑やかな、飛空艇に乗っての探索は、夜間、そして日中、数日にかけて探行った結果、当面の分としては充分な記録がとれた。

 これでダンジョンの細部やモンスター製作にも、リアリティが増すだろう。



  ・  ・  ・



 これまでのモンスターの記録をダンジョンコアに与え、再現可能なようにする。自然観察で、ダンジョンの中身もいじってみたくなったのは内緒でもなんでもなく、ちょこちょこっといじってみたり。

 この手の作業は、ミリアン・ミドールが積極的に手伝ってくれた。


「いや、楽しいでしょう! ダンジョンを作るのは!」


 ダンジョンスタンピードを起こした人が言うと、何か物騒なんだよねぇ。まあ、聞けばあのスタンピードは、隣国スパイが『やれ』と言ってきたからやっただけで、ミリアン・ミドールがやりたかったからやったわけではないのは、もう知っているんだけどね。


 私は、ミリアンにもダンジョンを作った意図を説明してある。間違っても、ダンジョンマスターとして王国に何かを企んでいるという誤解をもたれても面倒だからだ。

 そしてミリアンも、それを承知の上で手伝ってくれている。王国に関して嫌っている節があったのだが――


「ジョン・ゴッド様のなされる事に比べれば、王国などもはや過去、どうでもよい存在です!」


 この魔境には、王族の屋敷もあるが、それはそれ――とミリアン・ミドールは解釈しているようだった。

 ここは王国領ではあるが、王国でも手の及ばない自然の場所『魔境』。故に魔境の主は王国ではなく、私である、というのが認識らしい。


 ……まあ、王族も文句も言っていないし、その辺りは適当にしておくのがよかろう。きっちり決めない方が平和であることも、往々にしてあるのだ。


 さて、騒がしくも楽しい創作のお時間で仕上げたダンジョンではあるが、クラージュ第二王子が希望する王国騎士たちの演習場として機能しているか、それが問題となる。

 なお、100階層もあるダンジョンに、最初は加減しろと言っていたイリスではあるが――


「いや、普通に挑戦したいわよ?」


 なんてこった。我らの聖騎士イリスは、普通にダンジョン攻略したい、などというのだ。どの口が言ってるんだ、んん?


「腕試しってわけじゃないけれど、退屈はしなさそう」

「……ジョン・ゴッド様、こいつは一度痛い目に合わせるべきでは?」


 ボソリとミリアン・ミドールが言った。まあまあ、あまり彼女を怒らせるようなことを言うと君の身が危ないよ? 私は他人事だけれど、王国サイドのミリアン・ミドールへのヘイトを忘れてはいけない。


「やれるものならやってみろ、ではあるんだけど――あぁ、ダンジョンの話ね」


 イリスがダンジョン攻略をやるというのは。


「本人の実力なら、テスターとしての素養はあるんだけど、彼女基準ではあまり参考にならないのが、ちょっとね」


 ダンジョンを攻略できるか、を見るだけならイリスは適任だ。最下層まで辿り着けるかだけを見るならば……。

 だが本来の目的である、ダンジョン演習場という観点からすると、強すぎるイリスでは基準にできない。彼女が楽に突破できるからと、ツヨツヨモンスターを配置したら、1階で騎士団瞬殺、そして全滅とか、割と洒落にならない。


「やはり、そこそこの人たちにテスターをやってもらうのがいい」


 だが私は、人間の基準というのがよくわからないんだよね。この魔境の家にいる人々の振れ幅が大きすぎて、どの辺りが中央値なのか、いまだ迷うくらい。

 ミリアン・ミドールは言った。


「やはりここは、ダンジョンを専門にしている、冒険者に意見を聞くのが一番かと」


 何だろう、ここにきて一番まともなのが、ミリアン・ミドールに思えてきた。たぶん錯覚なんだろうけど。

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