第125話、大物を求めて


「これはまた大きいねぇ。ドラゴンに比べたら全然だけど」


 地面を這うのは巨大なワームモンスター。分類上はジャイアントワームとなっている


「っ……!」

「フォリア、大丈夫か?」


 私が尋ねれば、彼女は青い顔でコクコクと頷いた。飛空艇から見下ろしているから、直接攻撃される距離ではないけど、近くでみるとこれがまた中々の図体をしている。


「頭が大きい。あれだと馬ごと人をパクリといけそうだ」


 それにあの体で、随分と動きが速い。平地だったら、騎兵とどちらが速いだろうか。……興味深いね。


「おっ、フォリア、見てごらん。蜘蛛みたいなのが飛んでいる」

「っ!?」


 またも声にならない悲鳴を上げるフォリアである。

 ジャイアントスパイダーなんて、巨大蜘蛛のモンスターがいるが、それとはまた別だ。何せこいつ、蜂のような羽根を持って飛んでいるのだから。


「蜘蛛? それとも蜂かな?」


 ここは、プレールの崖と言われる大空洞。トンネルのように天井があるが、非常に開けていて、底も深いので、飛空艇でも自在に跳び回れるほど広い。

 大きさだけで言えば、私たちの住む魔境の森と同じくらいあるんじゃないか。不思議な生き物でいっぱいだ。


 ダンジョンではないが、ダンジョンに近い環境のひとつとも言われているプレールの崖にきたのは、そこに生息するモンスターの研究の一環である。


「おっ!」


 眼下で、先ほどのジャイアントワームが、二足型ドラゴンに突撃するのが見えた。ドラゴンというには下級で、魔境にいたドラゴンもどきに近い。人間の三倍くらいの背丈があるドラゴンもどきだったが、ひと声威嚇の咆吼を発したと思ったら、急に身を翻して逃げ出した。

 向かってくる相手が何かわかってから逃げ出した感じだったが、ジャイアントワームはそのまま追跡する。

 ここの食物連鎖では、あの巨大ワームの方が上なのか。へぇ……。


 私がフォリアに初めて会った時のドラゴンもどきと、この崖のドラゴンもどきは、どちらが強いんだろうなぁ。……あー、もうすぐ追いつくな。


「おやおや――」


 ドラゴンもどきの正面の小さな斜面の大岩がのそのそと動き出したぞ。どうやら岩に擬態していた生物――巨大亀が移動を始めたらしい。


「どうして姿を現したのかな?」


 そのまま岩のふりをしておけば、やり過ごせ――ないと判断したから動き出したのか。ドラゴンもどきは急に方向転換した。動き出した亀に迫ると見せかけて、避けたのだ。しかし追っ手のジャイアントワームは、そのまま突進……いや、ドラゴンもどきの逃げた方向へ方向変えようとし、そのままの勢いで大亀に激突した。長さでいえば、ジャイアントワームのほうが大きいが、高さは互角で、亀は岩山を背負っているように頑丈。

 結果、双方がごっつんこして、その場に崩れた。


「やるもんだな」


 ドラゴンもどきは、まんまと逃げおおせた。あれで割と賢い生き物かもしれない。


 さて、亀とワームだが……ジャイアントワームが大亀の岩に齧りついている。あの歯で甲羅のような岩を砕けるのか、と考えて、地中を進めるワームなら土砂もかまわずいける口だから、もしかしたら砕けたりするのかもしれない。


 ただ、どうもワームは相手が何なのかわかっていないようにも見えた。本能というか、とりあえず目の前の動くものに食らいついているような、そんな感じ。

 先のドラゴンもどきと比べると、知能は低そうだ。


 結末も気になるが、そろそろお暇しないと、次にいけない。プレールの崖の地形、そこにあるあらゆる存在を記録。後で見返して、ダンジョンのひとつの階層を再現するのもよさそうだ。


「お、お師匠様!?」


 フォリアの切羽詰まった声。うむ、私も感じた。


 振り向けば、巨大で平ぺったい生き物――たとえるなら海にいるエイに似たそれがゆったりと、しかし確実にウィンド号に迫っていた。


「さっさと逃げようか」


 エンジン全開。スピードで振り切ろう。速度を上げるウィンド号。それにしても、あれは鳥でも魚でもなさそうだが、何なんだろうね。


「お師匠様、追いかけてきます!」

「だろうね」


 そりゃあ、目の前まで迫ったんだから、追いかけてくるだろうさ。追いつけないだろうけど――


 ちら、と振り返れば、遥か後ろにいると思っていたエイもどきが追いすがってきた。


「意外と速かった!」


 だが、残念。こっちは瞬間移動で離脱する!

 ウィンド号は、プレールの崖から一気に、魔境上空へと飛んだ。



  ・  ・  ・



「……どうしたの、フォリア?」


 ぐったりしている彼女に、ウイエが声をかける。


「いや、お師匠様と秘境巡りをしてきたんですが……モンスターの迫力に圧倒されちゃって」

「大丈夫?」

「ええ、大丈夫……大丈夫」

「……」


 それ、大丈夫じゃなくないって、顔をしているウイエである。そんな魔術師は私を見た。


「秘境巡りってどこに行ってきたの?」

「色々だ」


 プレールの崖も行ったと言ったら、ウイエが羨ましがった。


「それなら言ってよ! 私も行きたかった!」

「じゃあ、夕食の後もお出かけするつもりだけど……来る?」

「夜なのに?」


 ウイエは驚いた。


「モンスターの生体観察がメインだからね。夜行性の生き物も確認したい」

「なるほどねぇ……。いいわ、私も行く!」

「お、お師匠様、わたしも!」


 フォリアが改めて志願した。大丈夫なのか? 結構ビビっていたよね。


「大丈夫。二度目は、もう驚かないんで!」


 少女冒険者は拳を握って力説するように言った。初回より二回目。人は慣れる生き物だから、そうなのだろう。むしろ、圧倒されたままに済ませないのが、強いよね、この娘は。


「じゃあ、腹拵えしたら、夜の部にお出かけしましょうか」

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