第123話、ダンジョンを作った


「あのね、ジョン・ゴッド――」

「なんだい、イリス。今日はご機嫌斜めだね。寝起きかい?」


 私がからかえば、聖騎士であり第七王女であるイリスは、憮然とした顔になる。


「クラージュが、ダンジョンで演習場を作れないかって、あなたに相談するって昨日言ってたのは知っているわ」

「そうか」

「で、あなたのことだから、ダンジョンコアを弄って、調整なりすると思ったのよ」

「そうだね」


 淡々と答えたのがいけなかったのか、イリスは私に半眼を向けてきた。


「なんで! ダンジョンを作っているのよっ!!」


 彼女が喚いた。

 魔境の地下に、ぽっかりと巨大な空洞があり、そこに浮かぶはこれまた巨大な岩塊。

 別名、タワー。その内部は、複数の階層を積み重ねて作られたダンジョンである。


「これは異なことを」


 君は何を言っているんだ?


「ダンジョンを使った演習場なんだから、ダンジョンを 作らないと話にならないでしょう?」

「ええ、そうね。そうよ、ごもっともだわ。でもね、ジョン・ゴッド。物事には限度ってものがあるのよ」


 びっ、とイリスは、地下空間に浮かぶ、ここからでは全容が見えないほど巨大な岩の塊を指さした。


「あれ、何階層あるか、いってごらん」

「100階層だ」

「100っ! そんなに必要!? 演習場なんでしょう!」

「パターンで考えたら、100で足りるかな、と思ってね」


 何をそんなに大声出さなければいけないのかわからないが、私は大人だからね。聞かれれば答えよう。


「クラージュ王子とも話したが、演習パターンは、演習する者の能力や、教えたい内容によって様々になるという。で、その都度、作っていこうということだっけど……それってさ、面倒なんだよね」

「は?」

「あらかじめ、パターンを作っておいて、必要な演習内容に近い階層を選んでもらい、ちょこちょこっと変えたほうが面倒が少ない、とそう考えたわけだ」

「それで……100階層」


 うわぁ、という顔をするイリスである。


「よくもまあ考えたものね」

「一度作り出したら、止まらなくてね」


 これは自分でも苦笑い。知識の泉で、他のダンジョンを参考にいくつかサンプルパターンを作っていたら、楽しくなってきて、ついね。

 面白かったんだからしょうがない。天地創造した大神の気持ちも、ほんのちょっとわかった気がした。


「私も、いつも手があいているわけではないし、そういう時のためにサンプルパタンは多い方がいいと思ったんだ」


 私がいなくても、適合する階層を選んで、ダンジョン演習ができるように、さ。


「一応、腕試しに1階層から100階層まで順番に攻略もできるよ」

「もうそれ、普通にダンジョンなのよ」

「そうだよ、そのつもりで作った」


 階層を選ぶことも、一から挑戦することもできる。初心者でも経験を積みながら挑戦できるように、上の階層ほどモンスターも弱く、トラップも少なくした。

 逆に――


「下へ降りれば降りるほど、モンスターの種類も変わって手強くなる。罠もえげつなくなっていく」

「挑戦者を殺す気?」

「普通、ダンジョンに挑戦するって、命懸けでやるものでしょうが」


 お遊びじゃないんだよ? そりゃあ私は、ダンジョン農園や遊園地を作ろうとした。だがそれはそれ、これはこれだ。実戦形式の演習場であるなら、危険は付きものだよ。それにそういう場では、生半可な気持ちは命取りだ。


「だが私も事故で挑戦者が死ぬのもよくないと思ってるから、ちょっとした呪いをかけることにした」

「呪い?」

「ダンジョンについて調べ物をしていて、よさそうだったから採用したんだ。いわゆる、ダンジョンでは死なない呪いだ」

「死なない呪い……?」


 イリスが息を呑んだ。


「どういうこと? 死なないって、まさか無敵?」


 あー、これは言い方が悪かったな。誤解させてしまった。


「いや死んでも治癒魔法の類いで回復できるくらいに自動的に復活させる呪いだ」


 知識の泉で調べた中に、ダンジョンの中に限って復活の魔法で、死んで間もない者を甦ることができるというものがあった。

 これを応用できれば、スリリングな実戦さながらの演習で、万が一死亡しても回復できるなら、安全性の向上にも繋がる、と。

 演習などで負傷した仲間を安全地帯まで運び、そこで蘇生の訓練したりもできる。


「……」

「どうした、イリス? 話を聞いているか?」

「ええ、聞いている。つかぬ事を聞くけれど、不死身になるわけではないのね?」

「そうだね。怪我などの外傷からは回復するが、寿命を伸ばせないから、不老不死ではない。外から瀕死人をダンジョンに連れ込めば、一命を取り留める可能性はあるけど、すでに死んで時間が経っているものは持ち込んでも蘇らない。あと、言うまでもないけど、ダンジョンの外では、普通に死ぬ」

「このダンジョン限定ってことか……」


 イリスは、考える仕草をとる。死体持ち込んで復活するわけじゃないから、このダンジョンで死んだ人を復活させようとか考えても駄目だよ。


「ジョン・ゴッド。中なら死なない呪いのかかったダンジョンを参考にしたってことは、そういうダンジョンが他にもあるってことよね」

「そうなるね」

「……それって、どういう意図があって、そんな呪いをかけたのかしら?」


 不老不死ではない。ただダンジョン内では致命傷を負っても死なないという呪いをかけた意味について。

 ……そうだねぇ。


「そのダンジョンのマスターが、挑戦者を死なせないようにする必要があったが、死なせたくない、自分の作ったダンジョンに挑んでもらいたいって考えていた、とか?」

「あなたみたいに?」

「思考は近いかもしれないね。それは否定しない」


 私がそういう考えだったから、そうと想像しただけだ。


「あとは、普通に不老不死の研究の一環で呪いを作ったけど、残念ながら不老にはなれなかった失敗策、の可能性とか」

「失敗策……これで――」


 イリスは言いかけ、そして首を横に振った。


「そう、そうね。不老不死を目指していてこの結果なら、確かに失敗だわ。そちらのほうが正解な気がしてきた」

「呪いの作成者の意図を知る術はないが、まあ応用できるなら、利用しよう」


 私は、自身の作成したダンジョンを見やり、満足した。しかしイリスは皮肉げな顔になる。


「でも限度ってものがあるんだからね。加減はしなさいよ、ジョン・ゴッド」

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