第120話、人生、楽しくやらねば嘘である


 娯楽が必要。人が生きる意味は、生の活力が必要なのだという。

 要するに勉強する以外の空き時間にできる時間潰しがあるといいわけだ。誰かにやらされるのではなく、自分がやりたいことをやれるように。

 でも、これは私が与えなくても、自分たちで時間潰しとかできない?


「この魔境には、娯楽になるものは何もないわ!」


 イリスは力説した。


「冒険者志望の子だって夜になれば外に出かけないし、お酒飲んだり、仲間とか、もしくは自分の時間を使って何かしているわよ」


 ……農村だと、日が落ちたら、さっさと寝るらしいが?


「夜に娯楽云々は、都会の考え方ではなかろうか?」

「でも、ここ明かりはあるから夜更かしもできるわよ」


 農村でさっさと寝るのは、朝の仕事が早いから、とか、夜の照明――蝋燭もタダではなく、無駄遣いしている余裕がないからである。

 それが関係ないのであれば、農村生まれだって夜更かしはする――というのが、イリスの意見である。


 なるほど、もっともな話だ。

 よろしい。では、何か娯楽となるものを取り入れよう。私も寝るまでの間に楽しめるものが増えるのは、悪い話ではない。


 じっくり考える――のも面倒なので、知識の泉からお知恵を拝借しよう。一つ考えるのならまだしも、魔境の住人の数を考えれば、一つ二つでは済まないと思うのだ。……どんなものでも慣れると、飽きるからね。



  ・  ・  ・



 ――ふむふむ、パズルね。なるほど……。


 これは一人用だな。しかし、立体物もあれば、紙の上でやるパズルもあるのか。これだけでも奥が深いな。


 ボードゲーム……こちらは複数人でやれるな。ルールがシンプルなものもあれば、複雑なものもある。

 並べて勝敗を決めるもの、相手の駒をとって勝敗を決めるもの、相手より先に目的地へ移動させる競争もの、等々……。

 種類が豊富なのは結構。飽きても別のものをやればいいわけだから。


 とはいえ、まずは簡単なものの方がいいだろう。純粋に運で競うものなら誰でもできるが、頭を使うものや、最低限の読み書き、特に数字を知っておかねば理解できないものもある。……これ、授業にも応用できるかな。


 遊びながら学べるとか、一番よいのではないか。我が家の図書室に通っている面々なんか、各々自分の好きなものを真っ先に読んでい。好きになるのが、覚えるのに効率がよいのだ。


 他には、そうそう本ね。――なるほど、娯楽にふった本か。図書室には様々な知識を得られるよう本を揃えたが、もっと軽い気持ちで読めるものもよいな。


 この幼児向けの絵本というのは、勉強にも使えるのではないか……。何だか学校の役に立ちそうだ。

 コミック、マンガ……? 異世界ではこういうのが流行っているのか。


 それから私は、知識の泉で一般的な娯楽というものに目を通していった。競うゲームの他にも、音楽――歌だったり踊りだったり、演劇、遊技場といった大掛かりなもの、模型作りなど制作、彫刻、絵画など、芸術とまではいかなくても思い思いの表現や遊びなど、多種多様だった。

 ……エッチいものも娯楽にはあったが、魔境の住人たちのことを考えてスルーした。そういうのは、シスター・カナヴィの専門であろう。



  ・  ・  ・



「――で、いきなり作ったのは……」


 イリスが猛烈に呆れ顔になった。

 翌日、私はダンジョンコアの力で、ささっと作ったものを彼女に見せたのだが。


「これは、何!?」

「立体迷路」


 運動場の端にでかい壁をこしらえ、そこに貼りつけた生け垣で作った巨大迷路があった。


「どこぞの道楽貴族の屋敷で見たことがあるけれど――」


 イリスは額を押さえた。……頭痛かね?


「どうしてこうなった」

「いやぁ、楽しそうだったからね」


 これ、ダンジョンコアのダンジョン作りを応用できそうだったから、ちょっとした思いつきで作ってみたのだ。……もちろん、こんな大きなもの以外にも作ったけどね。


「まあ、百歩譲って、巨大迷路もいいわよ。あなたはジョン・ゴッド、色々普通じゃ収まらないことは知ってるわ」


 イリスは巨大迷路を見上げた。


「でも、普通、迷路はたてないわよね? どうしてこう垂直になっているの!?」


 歩いて入れないじゃない、とイリスは声を張り上げた。

 そうなのだ。この迷路、わざと垂直に立ててあるのだ。


「なに、これもしかして生け垣に足をかけて登ったり降りたりする類いの、斬新過ぎる立体迷路だったりする?」

「騎士の体力作りにどう?」


 冗談めかして言えば、イリスに凄く睨まれた。もちろん、冗談だよ。わざわざ垂直にしたのには理由がある。


「早速、好評みたいだよ」


 私は、校舎の方を指さした。この迷路があるのは、校庭の端だ。そして校舎の教室の窓から生徒たちから顔を出して、指先で迷路を解こうとしていた。

 それを見て、イリスは理解した。


「ああ、そういうこと」


 直接迷路に入らずに、遠くから見下ろして、指でなぞるようにゴールまで行くタイプの遊び方である。授業の合間の休憩時間にどうぞ。


「ちなみにこれ、倒して普通に立体迷路として入ることもできる」

「随分手間がかかっていますこと」


 皮肉を言うイリスである。


「ダンジョンコアじゃなかったら、こうはいかなかったでしょうけど。これ1回解いたら、もう終わりじゃない」

「ところがどっこい、ダンジョンコアで作ったものだから、迷路の形は自在に変えられるんだ。授業やっている間に、新しい形の迷路に変わっているという寸法だ」

「う、動く迷路……!?」


 もちろん、普通に入って解く場合でも、パターンが変われば、入るたびにルートも変わる。


「もういっそね、ダンジョンを遊園地にしようかな、とも思った」

「ゆ、ゆうえんち……?」


 イリスが困惑する。昨夜の知識の泉で、娯楽探しで遊園地というものを見た時に、ダンジョンコアがあるんだから、できるんじゃないかと思ったわけだ。

 ポカンとしているイリスに、私は言った。


「遊園地は追々やっていくとして、他にもボードゲームとか色々集めてみたから、まあ見ていってくれ」


 私は意気揚々と校舎へと足を向けた。

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