第117話、ネクロマンサーだったもの


 なんたることだ、なんたることだ――

 私、ミリアン・ミドールは復活いたしましたよぉ! 偉大なる神、ジョン・ゴッド様にぃぃっ!


 私を殺した存在に、再び現世に呼び戻されるとは、これは中々体験できないことですよ。これは貴重だ。


 思い出せば、腹の底から熱く溶かされるような感覚の後、私の意識はバラバラにされながら闇に溶かされました。

 暑さ寒さを感じるような場所でもなかったのに、芯まで凍るような寒さを感じていたとはまた不思議なのですが……。


 固まるというのはああいう感覚なのか。まあ思考も固まって、暗い中にいたのは薄らと覚えていますが、再び光の下に戻れるとは!

 この歓喜は、体験しないとわからないでしょうねぇ。


 まあ、そんなことはどうでもよろしい。

 驚きなのは、数十年、数百年後に運がよければ悪魔として復活するという話だったものが、一カ月も経たないうちに復活したこと。

 いやいや、復活させていただきました! 私の力ではありません。


 目覚めたら、ホムンクルスの体だったことも驚きです! 何ですか、この錬金術の奇跡! しかも人間の魂を人造の体に埋め込むとか、これはある意味不老、不死ではないですかっ!


 わかりますか? ありとあらゆる人が望み、研究してきた不老不死に至る道。その方法を求めて、人は様々な分野で研究を重ねてきました。

 古今東西、そしてこれからも権力者や才ある者が望み焦がれ、研究を続けるだろう事柄ですが、私が施されたことは、錬金術サイドでの、不老不死の一つのテーマの具現化でしょう!


 あぁ、素晴らしい素晴らしい素晴らしい! この身を以て、それを体験できるとは! ジョン・ゴッド様とシスター・カナヴィは、大変素晴らしい才をお持ちの方々。神様でなくても私は尊敬致しますよ!


 ……そもそもね、こういう天才の所業は、自分自身で行うことが非常に難しい、いや奇跡に等しいことなんです。

 例をあげますと、私は天才なので人体をいじって術を施すことができます。しかし、それを自分に使おうと思っても、周りに私の術を使える者がいないので、できないというわけです。天才は孤独なのですよ。


 人体実験なら自分でやれ、と仰いますが、あなたは私と同じ処置を間違いなく実行できる術をお持ちなので? できるなら初めからやっているんですよ、馬鹿なんですか!?


 ……あぁ、すいません。つい熱くなりました。復活した私ではありますが、生前に私を糾弾した馬鹿どものことを思い出しまして、いやねもう、自分でもかなり根にもっていたようです。お恥ずかしい。


 さぁさ、気分を変えましょう。私を復活させてくださったジョン・ゴッド様のお話をしましょうか。

 悪魔化の秘薬を使用した私を葬ってくださった方ですが……まあ、私はこんな性格なので、恨んではおりません。死後の世界を含めて、とても貴重な体験ができた。

 そしてその記憶を抱えたまま、新しい生をお与えくださったのですから!


 あの方は、私に学校の教師をやるように仰せつかりました。

 このミリアン・ミドールの才能を世に広める――禁忌の術に触れ、迫害され、追放された私の知識を広めていいなど、天にも昇る気分でありました。ついに世が、この大天才、ミリアン・ミドールを認めたのだ、と!


 ですがまあ、蓋を開けてみれば、そういうわけではなく、才能があるかどうかもわからない庶民に、魔法を教えてくれという一見すると簡単なお仕事でした。

 しかし、後から考えた時、これとてつもなく難しいことだと気づきました。だって魔法を使ったこともない、魔法のマの字もしらない素人に魔法を教えるというのですから。


 所属した王国の魔法団だって、新人でも知識はあって、基礎はできている者たちしかいませんでした。そもそも、何も知らない者に魔法を教えるとか、とんでもないことですよ!


 ……ふ、ふふ。さすがはジョン・ゴッド様。このような無理難題。確かに私のような大天才でなければ不可能かもしれません。


 才能のある者ならば問題はありませんが、才能無き者たちにさえ、魔法を覚えさせるとか、このミリアン・ミドールを選んだのはまさしく慧眼。神は全てを見通していらっしゃる!


 それはそれとして、偉大なるジョン・ゴッド様は、教師の傍ら、私に魔法に対する研究の時間をお与えくださいました。

 研究室を所望したら、ポンと授けてくださいました。……あ、それ私が修理したダンジョンコア! 再びバラバラになったものを再現なさり、当たり前のように使うとは、やはりこの方、私に勝る天才だ!


 何より私を歓喜させたのは、ジョン・ゴッド様は魔術やその他知識の書の閲覧を許可してくださったこと。

 普通は秘伝や秘術といった知識は独占するものであり、他者に軽々しく披露するものではないんですよ。


 他人の知らない知識を、自分の研究で得たそれを叩きつけていい気分になるのが、魔術師や知識人たちの一般的な考え方であり、まあ酷く非効率で、矮小な精神だと言わざるを得ないのですが――


 偉大、なるっ、ジョン・ゴッド様は! そのような雑魚どもと違い、知りたいことを自由に知ってもよいと仰った。


 そう、まさしく神です! 人間のちっぽけな精神など、及びもつかないのです。

 頭がいいからと、優越感に浸り、他者に傲慢に知識を押しつけてくる愚か者どもも、崇高なる神の前では、塵以下の存在と言えましょう。……失礼、またも生前の嫌な記憶が蘇りました。

 ともあれ、私は新たな体、新たな生を受けて、この魔境の学校の魔法科目の教師となりました。


 しかし、それはそれとして、この体、よくできていますねぇ。

 鏡でも見ましたが、これが中々、人間と見分けがつかない。町中に行っても、ホムンクルスの体だとわかりはしないでしょう。……まあ、さすがに裸なれば、人間ではないということが明らかではあるのですが。


 さすがに人前で脱ぐとか露出行為をするような変態ではないので、いいのですが……いや、しかしこれは人の反応が気になりますね。

 決して、やましい気持ちでなく、純粋な好奇心なのですが……私のこのホムンクルスボディ、アレがないんですよ。いわゆる雄しべも雌しべも。


 ホムンクルスだから、そういう行為用の機能はいらない――と思っていたら、必要なら作れるのだそうです。シスター・カナヴィのお供のシスター・ペタルさんも、ホムンクルスなのだそうですが、彼女にはきちんと女性のあれが実装されているとか。


 ふむふむ、興味深い。そういうことなら、ホムンクルス同士で、そういう行為をしたらどうなるかとか、色々想像が膨らみますなぁ。


 で、一つ、困ってはいないのですが、少々どうしたものか考えてしまうことが、このホムンクルスボディを頂いて、あるんですよ。


 私の体、男性型を基本としているようなのですが……まあ、生前もそう振る舞ってはいましたし、人体改造の秘薬のせいで体は男ではありましたけれど……本当の性別は実は女性だったりします。

 まあ、今さらどちらでも構わないのですが。

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