第116話、復活の魔術師


 ばらばらだった小さな魂が、より集まり、人の心臓ほどの大きさになる。

 紫色に輝くそれは、どこか神秘的であり、そこに神聖さを感じるか、あるいは禍々しさを感じるかは、個々の感性の違いであろう。


 それを用意した人造人間――ホムンクルスの体に封入する。


「ふぅ……」


 シスター・カナヴィは、一息ついた。

 地獄からウン十年かけて再構築中の死霊術師のミリアン・ミドールの魂を集めて、ここに喚び寄せた。悪魔である彼女もさすがに少々お疲れの様子。


「仕事してしまったわぁ」

「はい、お疲れ」


 私が労うと、シスターは頬を膨らませた。


「ちょっとぉ、もうちょっと盛大に褒めてくれてもいいんじゃないのぉ、ジョン・ゴッドぉ」

「少しなのか盛大なのか、どっちなんだねそれは?」


 深く考えずにを突っ込めば、彼女は椅子にだらしなく腰掛けて、腰をくねらせた。


「選べるんだったら、盛大?」


 聞くまでもなかったな。愚問愚問。


「それで、完了かな?」

「ええ、こいつの魂、人ではなく悪魔に染まっていたから、サルベージも比較的上手く言ったわ。……ダンジョンで悪魔化したって話ぃ? 外見だけじゃなかったみたいねぇ」

「細かいところはいいよ」


 同じようなことをやる予定は今のところないし、目的のものをしっかり回収できたならそれでいいんだ。


「おやおや……」


 台の上のホムンクルスの形が変わっていくね。少し身長が伸びて、スマートで長身な体格になる。二十代半ばくらいの青年の姿になる。これ、体は悪魔化した時のそれの印象を引っ張られているかな? 中々、精悍な顔をしているね。紳士というには、些か若いかな。

 瞼が動く。そして、彼は目が覚ました。


「……」

「おはよう、ミリアン・ミドール君」

「……」


 視線が動いて私を見た。そしてゆっくり唇が動く。


「ミリアン・ミドール……」

「そう、君の名前だ。わかるかな?」


 一度死んで、魂は闇の底でバラバラになっていたからね。そこから繋ぎ合わせて、無理矢理、再生させたから、不完全なのかもしれない。でもまあ、塵以下になったとはいえ、魂が残っていたんだから、きちんと悪魔になっていたんだろうね。人間だったら、こうはいかないよ。



  ・  ・  ・



「つまり、私は、現世に復活したのですか?」


 ミリアン・ミドールは、私たちの話を理解した。悪魔として、未来に再生するはずだったそれが、強制的に再生されて召喚。そして――


「この体は、ホムンクルス……。なんたること!」


 両手で頭を抱えるミリアン・ミドール。現実を受け入れられず、発狂するか?


「ふふふっ、素晴らしい! 闇の中から光の中に出てこれたのはまだしも、ホムンクルスの体となって復活とは……!」


 発狂……?


「これは錬金術師の分野ですが、世紀の大魔術! 身を以て、伝説にしかないようなことを体験できるとは! おおっ、神よ! 奇跡をありがとうっ!」


 どの神かは知らないが、その場に跪き、私ではない神に感謝をしている様子のミリアン・ミドールである。

 悪魔が神に感謝するとか。そもそも、この悪魔、生前は神を信じていたのだろうか?


「それで、ジョン・ゴッド殿。私めは、あなたに滅せられた。悪魔としての復活も数十年、数百年先だと言う話なのに、何故、あれからさほど時の経っていないここに復活させられたのですか?」


 特に説明していないが、私が討ったことを覚えているようだ。記憶も問題なさそうだね。


「よろしい。私が君を呼んだのは他でもない。君に私の建てた学校の教師をしてもらおうと思ってね」

「学校の教師……?」


 ミリアン・ミドールはポカンとする。意外だろうね、おそらく予想だにしていなかっただろうよ。


「私めに、教師を……? 私めに……?」


 相当、困惑しているようだった。


「王国から考え方が受け入れられず、異端だと追放された私を、教師に!? 正気なのかっ!?」

「君が優秀な魔術師だと聞いてね」

「……!」


 他に理由はないよ。そう言ったら、ミリアン・ミドールは呼吸を忘れたように固まった。その頭の中はおそらく目まぐるしく考えが駆け巡っているのだろう。


「私に死霊術を教えろと……?」

「いや、簡単な魔法の授業でいい。私の学校は魔術師の学校ではないし、初歩的な使い方を教えるだけで充分だ。もちろん、今後、高等魔術に授業範囲が及ぶかもしれないし、生徒側で希望があるなら、死霊術も教えてもいい。ただし、世間での見方や注意点を教えた上で、それでも学びたいという生徒がいたならね」

「!」

「最初のうちは退屈かもしれないが、開いている時間は、私の保有する古今東西、様々な魔法の書を読んで、好きに研究してもいい」


 愕然とするミリアン・ミドール。私はシスター・カナヴィと顔を見合わす。彼女は自分には関係ないという顔である。


「よもや、私という人間に、ここまで理解を示し、肯定してくださる方がいるとは……!」


 何か言い出したぞ、この悪魔・・


「しかも、悪魔となった私でさえ、手も足も出なかったジョン・ゴッド殿の秘蔵の魔法書の閲覧をお認めになられるとは……! しかも研究まで許してくださるとは」


 もちろん、非人道的な実験や研究はさせないけどね。


「あぁ、神はここに御座したのか……! このミリアン・ミドール、ジョン・ゴッド殿より賜った役目、しかと承りました!」


 元死霊術師は、私を崇め出した。何だ、信仰心はあったんだね、この男にも。

 それまで我関せずという顔をしていたシスター・カナヴィが口を開いた。


「いいの? この男、この国じゃ大罪人なんでしょ?」

「前世はね」


 私は答えた。


「でも今世では、まだ何もしていない」


 転生した瞬間、その赤ん坊を殺せ、なんてやらないでしょ、誰も。

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