第114話、個別対応


「あたしゃ馬鹿なんで……。修道院で一回教わったけど、ほとんど覚えられませんでしただ」


 そうおっとりした調子で言ったのは、コニールという少女だった。


 失礼、見た目、十代前半に見えるが、すでに十代後半らしい。貧相に見えるのは、明らかに栄養が足りていないんじゃないか。もっと食べなさい。

 魔境の、さらにダンジョンコアで生成した食物を振る舞う。


「祈りの時間はどうしてた?」

「そりゃ言葉を覚えて、さも読んどるフリをしてましただ。今でも全然、読めません」


 あたしゃ、馬鹿ですから――そういうコニールは笑っているのだが、作り笑いなのは一目瞭然だ。

 何でもありませんよ、とヘラヘラしながら、やっぱり傷ついて、一人で泣いてるやつだな、きっと。


「そんなんで、わたしゃには勉強しても駄目なんで。せっかくの学校のお話もお断りできるなら、断りたいなぁ、と」

「そうか。君は確か、掃除係希望とか?」

「はいぃ。できれば集合住宅の共有場所とか、掃除が必要なところなら、どこでもやりますよ」


 うんうん、それは頼もしい。


「ジョン・ゴッドの名のもとに、汝に、読み書きの力を授ける」

「うわっ!? ジョン・ゴッド様!?」


 コニールは目を丸くした。一瞬、光ったから、ちょっと眩しかったかもしれない。


「私の高等魔術なんだがね、君に魔法をかけた。本を読んだり、次が書ける能力だ。あとこれを――」


 知識の泉を展開――これがいい。


「掃除に役立つ本だ。志願してくれたからには、しっかり頑張ってくれ」

「あ、あのぅ。あたし、字が――」

「試しに読んでみなさい。図も載ってるからわかりやすいよ」


 それじゃあ――私は席を立って、コニールのもとを離れた。


「――うわっ! 本当に字が読めるぅ! どして!?」

「君が馬鹿ではないからだよ」


 それじゃあねえ。自信がないのと、周りから馬鹿だとすり込まれて自分を過小評価しているタイプだな。ついでにできれば人前で失敗したくないと思っている。何か一つでもできて、自信がつけば変わるタイプだ。

 字が読めるようになって、図書室なりで本などを見かけたら、つい読みたくなってしまうと見た。で、こっそり知識を蓄えて、ひっそり賢くなっているタイプだろうね。

 学校で学ばないと言っているんだから、読み書きできる能力を与えても問題あるまい。さあ、次だ次。



  ・  ・  ・



「どうしたらいいか、わからなくて……」


 黒髪の少女ベラータ。14歳。非常に弱々しく、オドオドしている。


「すみません。わたしなんか、何もできなくて」


 声もか細く、これは大人を苛つかせるタイプだな。……なるほど、怖い継母に虐め抜かれて、指示なしでは動けない子になってしまったようだ。


 修道院も、修道士の命令を聞けばいいとから、ある意味、順応できていたようだ。もちろん、口が裂けても楽しかったというわけがなく、辛かったし悲しかったが、それを言葉にして周囲に出さなかった。

 主体性がゼロで、指示待ち人間だ。……自分で考えて決めろと言われて、辛かっただろうね。


「では、私が君に命令しよう。学校に通って勉強しなさい」

「! はい、わかりました」


 ベラータはコクリと頷いた。表情に特に変化はなしのように見えるが、少し安堵しているようにも見えた。

 指示待ち人間なので、自分で決めろ、ではなく指示が来たことでやることが定まったからだろう。


「君は字が読めるかな?」

「……少し」

「よろしい。字が読めるようになったら、本を適当に選んで読みなさい。そして面白いと感じたものがあれば、それについてもっと勉強しなさい」


 そうすれば、やりたいことも見えるだろう。見つからなくても、きちんと勉強すれば、読み書き計算が活かせる職場も探しやすくなるだろう。


「いっぱい勉強しなさい」


 以上。



  ・  ・  ・



「学校なんて、身分のいいとこのお坊ちゃんお嬢ちゃんが行く場所で、あたしみたいな教養のない奴がいくとこじゃないよ」


 少々ぶっきらぼうなのは、赤毛の女性グラーム。20歳。成人済み。


「知識を学ぶのに年齢は関係ないよ」

「そりゃ、そうだけどさぁ……」


 グラームは自身の赤髪をかいた。


「あたしはここの連中の中じゃ、年長組なんだけど……ガキたちと一緒に勉強ってさぁ」

「恥ずかしい、と?」

「うっ……」


 図星の様子。傍目にはつまらない理由だが、大人だからこそ、見栄というものもあるのだろう。


「じゃあ、年齢でクラスを分けよう」


 歳の差が気になるのなら、歳の近い者を集めたグループで勉強をさせてあげよう。これなら問題はないね?


「いや、でも、あたしのために分けるのかい?」

「そうしないと、勉強する気が起きないでしょ。それとも、やりたいことがあるのかい?」

「いや……それは」


 グラームは口ごもる。


「冒険者もいいかなって思ったりもしたけど、あたし、武器の使い方も知らないし、体力も実は言うほどなかったり……」


 つまり、色々勉強不足で、冒険者が体力仕事だと理解した上で、自分には無理と判断したわけだ。

 失敗したくないをこじらせた大人ということだな。


「現時点では、ということだね。でも学校には、冒険者教育の授業も選択できるようにするつもりだから、そこで体力をつけるなり、武器の扱い方を学ぶことができるぞ」


 他に何か希望はあるかね?


「でも、上手くやれるかはわからない。あたし、素人だし」

「最初は皆、素人なんだよ」


 私は微笑した。


「向いてないと思えば、辞めればいいし、他にやりたいことがあれば、それを始めればいい。新しいことを始めるの歳なんて関係ないんだからね」

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