第113話、描く未来のない子?


 これから学校を始めるにあたって、通うことになる子たちが何を学びたいか、そのことについて聞き取り調査をし、大体のところが見えてきた。

 ……と、思っていたら、学校に入りたくないという子もいるという。


 これはどういうことか、フレーズ姫が調べたところによると――


「自分には合わない、わからないだろうから、やるだけ無駄だと仰る方が、ちらほらいまして」

「わからない?」

「やるだけ無駄?」


 ウイエ、そしてイリスが眉をひそめる。


「これは異なこと。わからないから学ぶんじゃないの?」

「やる前から諦めるとは、なんて意志が弱いの!」


 自分で未来を切り開くくらいの気概を――といかにも騎士様らしいご意見。フォリアはどう思っているのかな?

 私が視線を向けると、冒険者の少女は、控えめな調子で言った。


「フレーズ姫様。学校について辞退したい人って、大人しそうではなかったですか?」

「えぇ、とても穏やかそうで、静かな方ばかりでした」

「それがどうしたの?」


 イリスが問えば、フォリアは少し気まずそうに言った。


「これ、わたしの推測なんで、本当かどうかはわかりませんけど、たぶん、自己肯定が低い人なんじゃないかなって」


 フォリアが言うには――


「親とか周りから、お前は馬鹿だ、不器用だ、物覚えが悪いから、勉強するだけ無駄だーって、日頃から言われ続けて育ったのかなぁ、って思うんですよ」


 先ほど、子供は親から学ぶという話をした。親が読み書きや計算ができなければ、その子も教わる機会が大きく損なわれる。もちろん周りの助けを借りたり、教えてやってくれと親が知人に頼む場合もあるだろう。


 が、中にはそういうことができない人間もいる。酒癖が悪く、粗暴だったりすると、知人ご近所に頼れないなんてこともある。

 そしてそういう親であれば――


「考えるだけ無駄だから、親の言った通りにやればいい、考えるな、って言われるかなー、って。……そういうの、見たことありますし」


 子供が自分より頭がよくなっても困るとか、変なプライドがあって、子供を半ば虐待してしまう。親が全ての子供にとって、それは虐待ではなく教育。頭が悪いと、親に刷り込まれ続ければ、せっかくの勉強の機会があっても避けてしまう。

 何故なら、そう親に教わったから。


「……」


 イリスとウイエが、物凄くバツの悪い顔をしている。

 自分たちの育った環境では、まずあり得ない話だったのだろう。王族であれば、教育係がいたり、貴族だったりすれば家庭教師を雇ったりするだろう。


 だが平民だったり貧乏な家には、当然そんなものはない。親から教わることが全てであれば、その親もろくな教育を受けていなければ、学べることは少ない。だから学がない、賢くない。

 貴族らが平民を見下す一端がそこにあるが、どうしてそうなのか深く考えたことなかった、という顔をしていた。

 私はフレーズ姫に視線を戻した。


「ちなみに、その子たちは何か希望があるのかな?」


 物事には程度というものがあり、個人差もあると思う。社会で生きていくのが辛くて避けたいという人もいれば、勉強は無駄だからという親の教えに従い、学校に拒否反応を示しているだけの人の場合もあるかもしれない。


「希望と言いますと……そうですね。掃除とか家事手伝いとかならできると仰っていますね」


 なるほど。

 あー、とウイエがどこか納得するような顔になった。


「確かに、そういうのをやる人には、学校とか勉強って必要ないって考えるかもしれないわね」


 家の掃除、庭の手入れとか、読み書きや計算がなくてもやっていけるし生きていける。住宅や学校の掃除とか、食堂の調理番などを仕事にしてもいいいかもしれない。


「でも、世の中では必要な役割ではある。立派な仕事である」


 私が言えば、フレーズ姫も頷いた。


「当人たちの意思を尊重してあげていいんじゃないかな」

「――本当にいいのかしら?」


 イリスが難しい顔になる。


「その、親の教育で勉強する機会を奪われて、そしていざ学ぶ機会があるのに、もういない親の言いつけを守って、チャンスをフイにするのは、もったいないわ」

「……」

「もしかしたら、その子も気づいていない才能が開花して、より役に立てる可能性だってあるのに。それは王国にとっても損失だわ」

「わたしも、イリス様に同意します」


 フォリアが発言した。


「可能性があるのに、チャンスがあるのに、それに目を逸らして可能性の芽を潰してしまっていいんでしょうか? その人には、それしかできないと思い込んでいるだけで、やってみたら、もっと豊かな人生を送れる可能性だってある!」


 いかにも冒険者らしい、開拓した先に大きな報酬の可能性があるという考え方。


「やらないと、始まらないんですよ……」


 変わろうと魔境の私の元へ飛び込んできたフォリアらしい。そこでウイエは言った。


「でも、こういうのって本人の意思が大事だから」


 魔術師から言わせてもらうと――


「魔法を習得するには、本人の意識というものが大事になるの。呪文もそうだけど、イメージや認識も影響する。つまりはいい加減な気持ちでは覚えられないのよ」


 ウイエは真面目な顔である。


「でもこういうのって、何も魔法に限った話でもない気がする。本人にやる気がないんじゃ、教えても身にならない」

「そう言われると……そうかもしれない」


 イリスは思い出すように視線を彷徨わせた。


「やる気がない奴には教えても無駄、というのもわかる。家の都合で騎士になった貴族のボンボンなんて、型もできてなければ実戦では腰抜けばかりだったし」


 その点、自分の力があってこその冒険者は、やる気のある者がなるものと言える。やる気のない冒険者は長続きしないから。

 ……いやー、皆、ドゥマン村の生存者や修道院被害者たちのことに、凄く真面目に考えているなぁ。

 私は、学校作ったら、あとはなるようになるか、割と人任せにしようと思っていたんだけど、彼女たちはこんな私よりも真剣だ。


「確かに、本人のやる気というのは大事だと思う」


 私は告げた。


「やる気のない者は覚えも悪いというのもわかる。でも人間って一人一人違うからさ。全員まとめて一緒にやらなきゃいけないってこともないわけで、それぞれの歩みに合わせてやっていけばいいんじゃないかな?」


 画一的にやればいいというものでもないしさ。臨機応変に、やっていこうじゃないか。

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