第112話、彼女たちはどう生きるか


 何だかおかしな方向へ話が大きくなっているような気がする。

 ドゥマン村の生存者、そしてヘルシャ修道院の修道女たちのために、世間と距離を取り、心身の傷を癒やして、前向きに生きていけるように、魔境に村と学校を作った。


 そうしたら、何やかんやあれが欲しいこれが欲しいと外野が言ってきた。それは君たちのところでやりなさい。本来の目的から逸脱しているんじゃないよ。


 とはいうものの、結局は、魔境の村に住むことになった彼女たちがやりたいと思うことが一致するなら、そこは仕方がないわけだ。


「――ということで、調査して参りました、ジョン・ゴッド様」


 フレーズ姫が何やら紙を出した。聞けば、住民たちから聞き取り調査をやったらしい。


「まず何を学びたいか。これについて圧倒的多数だったのが、読み書きでした」


 一応、日常で多く使うものや、形として見慣れた物については多少理解はできるが、それも何とか読める程度であり、学べるのであればきちんとしっかり覚えたいのだそうだ。


「そういえば、修道院では教わらなかったのか?」


 聖書とかお祈りの文言は読めるようになっていたのではないか?


「ざっと、一通りは教わったようですが、一回限りのみだったそうで――」


 その一回で覚えきれない、あるいは遅れた子もまたいたわけだ。あるヘルシャ修道院で行われていたことを考えると、そこまで熱心に知識教育はしてなさそうではある。最低限、お祈りの言葉さえ読み書きできれば、後はどうでもいい、みたいな。


「妥当なところか」


 なお、このフレーズ姫の発表会じみた場には、私のほか、イリスにウイエ、フォリアがいる。


「この読み書きには、簡単な計算も含まれています。物を売り買いする時に簡単でも計算できた方がいいということで」


 普段は、計算が必要な買い物というのは滅多にないが、複数個を同時購入する際に、やたらと時間がかかってしまったり、あるいは店の人の言った数字であっているのか疑問に思うことがあるのだとか。


「やっぱりそういうものなの?」


 ウイエとイリスが、フォリアを見た。貴族と王族の二人と、平民出のフォリアである。


「読み書きや計算は、基本親が教えるものですから」


 フォリアは答えた。


「だから、その親がわかっていないと、子供もわからないままじゃないですか?」


 彼女にしても、結構早くに両親を失っているから、どこまで親の教えを受けられたかについては、首をかしげる。周りの冒険者たちが教えてくれたというものの、一人が専属で見ていたわけではないから、どこか抜けていたり、間違った知識が入っていたりしているらしい。


「ふぅん、じゃあ、珍しいことじゃないんだ」


 きちんと幼少の頃から教育を受けているイリスが、考え深げな顔になる。王族の周りの人は、大抵一通りの読み書き、計算を教わっている環境で育っている者ばかりなのだろう。だから庶民の感覚というのはわからない、あるいは理解が追いついていない。


「そうか、親が間違えて教えていることもあるのか」


 そうなると、ちょっと読み書きできて計算できるというのは、周りと比べても気持ちに余裕ができて自信もつきやすいということになるのか。……これも一つの知識マウントではあるのだが、それを外に向けず、自分自身の活力になるなら、悪くはないか。


「続けてもよろしいでしょうか、ジョン・ゴッド様?」


 フレーズ姫が確認を取る。私は頷いた。


「続けてください」

「はい。基本的な読み書きと計算の次ですが、やりたいこと、あるいはなりたい職業などはあるかという質問になります」


 ドゥマン村や修道女になる前の環境は、潰されているわけで、親の仕事を手伝うとか、そういう道に必ずしも従う必要はなくなっている。


 もちろん、それしか知らないから、というのもあるのだろうが、今回を機会に、なれるのであれば別の職業を選んでも全然問題はない、というスタンスのもと作成された質問だった。


「職業については、保留という回答も多かったのですが、魔法について、学べるなら学びたいという声が多かったです」


 突然、パチンとウイエが指を鳴らした。


「あ、いいえ……何でもありません」


 学校に魔法関係の授業を希望していたウイエである。生徒たちの多数がそっちを希望するなら、自分の要望と合致するから、いいぞと内心ほくそ笑んだのだろう。

 フレーズ姫は続けた。


「期間の長さはともかく、修道女をやっていたことで、神の奇跡や魔法に関する関心が高くなっている影響と思われます」

「なるほどなぁ……」


 最悪な修道院だったが、日常ではお祈りに時間を割いていたから、そういうこともあるのだろう。


「魔法についてもですが、何人か冒険者になりたいという方もいました。これは元々、冒険者だった方もいますし、前々から憧れていた、という方もいます」

「ドゥマン村は冒険者の村って言われていたし――」


 ウイエは首を傾けた。


「冒険者だった子がいたとしても、おかしくないわね」

「他に職業的なものはあるかね?」


 私が問えば、フレーズ姫は首を横に振った。


「いえ、明確にこれ、という職業をあげられる方はいませんでした」

「意外ね」


 イリスは腕を組んだ。


「家業を継ぐとか、あるかと思ったのに……。そういうのはなかったの?」

「農業をやっている子もいましたよ。ただ力仕事を中心でこなす男性あってのことで、男性なしで一から畑を全て耕したりは、女性だけでは厳しい……。ということで、そっち方面はいなかったですね」

「何をやるにしても基本、肉体労働は男性中心ですものね」


 ウイエが肩をすくめた。


「基本女性はヘルプ、補助要員だから、そりゃあ男手なしじゃ無理か」

「そう考えると、女性が自分で決めて自分でやれる道で、冒険者というのは割とありなのか」


 イリスは天を仰ぐ。


「軍の兵士も肉体あってのことで、騎士にいたっては身分なり家柄も出る。そこで弾かれない職種となれば、冒険者かなぁ」


 ちら、とイリスはフォリアを見た。まさにそれで、冒険者をやっている14歳の少女。


「すると、読み書き、計算に、魔法というのは、どこかに雇ってもらうための下地作りなのね」


 ウイエは頷いた。


「自分から仕事を始めるのは難しいけれど、働き手を求めているところに就職なら、できるものね」


 ふーん、なるほどなるほど。そういう方向でやっていくのがよさそうだね。大いに参考になる。


「それで、ですね……。一部の方が、やりたいことが浮かばず、悩んでいらっしゃるようなんです」


 フレーズ姫は深刻な顔をした。


「漠然と読み書きや計算を学べば……というのも難色を示しているといいますか。そもそも学校も辞退したいという子もおりまして」


 あれれ、それはちょっと予想外。ひょっとして集団行動が苦手とか、そういう子だろうか?

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