第111話、学校の話をしたら――


 住むところはできた。

 で、当面、この魔境の聖域内で彼女たちは生活することになるが、ただ食って寝て過ごすというのは、人間としてどうなのだろう――ということで、やりたいことがある者はともかく、それがない者にしばし『やること』を提供するため、学校を作る。


 グロワール王子と相談して決めたことだが、彼曰く、私がどんな学校を作るのか深く関心を持っていた。

 いずれこの国の名門校になるのではないか――というのは、期待し過ぎであろう。当然ながら、私にそんなつもりはないよ。


「そもそも、学校で何を教えるつもりなの?」


 イリスが単刀直入に言った。


「貴族身分ならともかく、平民だと学校なんて通わないし。彼女たちをどうするつもりなの?」

「私としては、どうということはないんだけど、やりたいことをやってもらうのが一番だと思っている」


 そのために必要な知識が身につく学校なんてどうだろうか?


「君は平民は学校に通わないというが、それは子供の頃から家の仕事を手伝ったりしているからと聞いた。学校に通う経済的な理由もあれば、家の仕事で時間がないということもある。それに……」

「それに?」

「学がないことを気にしている人間も少なくないという。最低限の読み書きや、日常生活で使う簡単な計算など、学べる時間や余裕があるなら、習いたいってね」

「そうなの?」


 イリスは意外そうな顔をした。まあ、そうだろうね。


「君はお姫様で、周りにいるのは最低限の読み書きができる騎士や従者ばかりだった。だから君は言うほど平民のことを知らないだろうね」


 周りを構成する人間、つまり環境で人の価値観や偏見は変わるからね。最低限の教育を受けているのが当たり前の者たちに囲まれて育てば、それを学ぶ機会を与えられない人間がどれくらい教育に飢えているか、わからない。


「あなたは知っている、とでも?」

「さあ、私も人間については勉強中だ」


 貴族とか平民とか、知識の泉で読んで、後は実際に見聞きしたくらいしか知らない。


「でもね、そういう勉強しようという気持ちは理解できるつもりだよ」


 修道院の方でも、聖書を読むために読み書きは学ぶという。基礎は学んでいるから、後は必要と感じる分、勉強すればいいんじゃないかな。

 ということで、ダンジョンコアで作るダンジョン、もとい学校であるが。


「まあ、学校というのは、建前みたいなものだから、そこまできっちりしていなくていいだろう」


 権威とか格式とかじゃなくて、読み書きさえ教えたら、あとは生徒の自主性に任せよう。学校なんて言ったが、私に崇高な理想はないし、専門の知識もないからね。


「授業を行う教室、様々な知識を収集できる大図書室――」


 教員用の会議室とかいるか? ダンジョンコアに図を表示させて、部屋を増やしたり通路を繋げたり――


「食堂、トイレ……授業以外の設備もいるだろう」

「訓練場」


 イリスが横から言った。あら、まだいたのか。


「訓練場?」

「そっ。体を鍛えて、戦技を訓練する場所」

「……それ、君が使いたいだけじゃないか?」

「生徒の自主性なんでしょ? フォリアみたいに冒険者を目指している子がいたら? 必要になるでしょ?」

「君が教官でもやるか?」


 とはいえ、確かに体を動かし、運動する場所があるのは健康にもいいというしな。畑仕事などをやっていれば、自然と体力もつくが、ここにはそういう畑もないしな。机に向かうだけでは、運動不足はあるかもしれない。


「呼びましたか?」


 私とイリスの声が聞こえたのか、フォリアがやってきた。


「学校の話だよ。……君は学校に行けると聞いたら、どうだ?」

「学校ですか……何が学べるんですか?」


 フォリアは無邪気だった。


「役に立つ知識が得られるなら、通ってもいいかなと思います」


 そこでイリスが、ニンマリして私を見た。何だ、何か言いたいことがあるか?


「平民は余裕があったら学びたいんじゃなかったの?」

「フォリアはもう読み書きできるからね」


 彼女は、私の家の図書室で、好きな知識とどんどん獲得している。放任教育の極地で生まれた、ある意味この魔境教育界隈の第一号生徒かもしれない。


 と、そこへ気配を感じた。

 じー、と私の方を壁の角から見ているのは、ウイエとリラであった。


「どうしたの?」

「魔法」


 ボソリ、とウイエが言えば。


「機械、なのです」


 リラもまたボゾリと言った。


「カリキュラムに入れて欲しい、な」

「古代機械の勉強がしたい、のです」

「……」


 君たち、この学校に何を期待しているんだ? そもそも修道院で保護された子たちのための、穀潰しにならずにやりたいこと見つけるための場所として作るんだよ? なんちゃって学校でいいんだよ。専門学校にするつもりなんてないんだからね。


「というか、君らもちゃっかりその授業を学びに生徒になるつもりか?」


 思ったことを言えば、二人はそれぞれあらぬ方向へ顔を向けた。


「魔法を学びたいって子、多いと思うわよ」

「これから機械に触る者は増える……というか増えないと困るのです。求む初級機械職人なのです」


 前者は、確かに魔法が使えるなら学びたいという子は多いかもしれない。そういえば、魔術師界隈って血統とかにうるさくて、魔法のことを学べるのは限られている国が多いって、知識の泉にあったな。


 そして後者は、機械騎兵や飛空艇だったり、王国での機械需要が増しているが、それを扱う者が増えたわけではないので、その分野で知識のある人材が不足することが予想された。いや、もうすでに人手不足かもしれない。


 ……あー、これは王族としても、すでに人材育成の優先度が高くなってそうだ。今なら国の補助が入って技術者を目指すと、何かと優遇されるかもしれない。


 なお人手不足だから、実際の労働ではかなーり大変そうではあるけどね……。それはそれで別の話ではあるけど。

 繰り返すが――


「君たちは、いったい何を期待しているんだ、ほんと」

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