第106話、さて、何をしようか


 私が魔境で村作りをしていると、グロワール王子がやってきて、何をしているのか尋ねてきた。

 そういえば言ってなかったな。


 ヘルシャ修道院の件は知っていて、教会追求にお熱の様子の国王や王子であったが、保護された女性たちの扱いについては、どうしたものかと考え中だった。

 だから――


「彼女たちの受け入れ先として、村を作っているんだよ」


 周囲の偏見から遠ざけて、彼女たちに心の平穏を取り戻してもらう。辛い記憶については取り除かせてもらって。


「受け入れ先ができるのはありがたいことです」


 案を聞いた時、グロワールは賛意を示した。


「正直に言えば、教会の別の修道院に預けるなどは論外ですが、かといって、境遇を考えるとあまりよい環境がありませんからね」


 最悪、呪いなどの魔法で解けない重病人たちが送り込まれる谷などに隔離、そのまま果てる、なんて結末もあり得た。だから、受け皿があるということは、王族にとってもありがたい話なのだろう。


「本来なら、我々が手配しなくてはならないのですが――」


 グロワールは眉間にしわを寄せた。


「新たな療養院を建てる、という手もないわけではないのですが、現状、それに回せる予算がつかないんですよね」


 現状の施設の補修などで手一杯。ではほかの事業を見合わせるというのも簡単ではなく、何より、隣国など外国の動きがきな臭く、軍事費に回されるお金が増えている状況である。


「民を守るという意味では、軍事、防衛予算は必要不可欠です。……ダンジョンスタンピードでの被害者たちは気の毒ですが、それを国全土の民が同じような目にあってはならない」


 王族には、王国を守る義務がある。他国との緊張感の高まり、戦乱の予兆がなければ、王国も、療養院とやらの増築など予算も資材も回せたようだが……難しい問題だね。


「だから、私のほうで村を作ろうというわけだ」

「頭が下がります」


 グロワールは深々と頭を下げた。いえいえ。王子様に頭を下げられるとは恐縮だよ。


「俺にできることはありますか?」

「相談に乗ってもらってもよろしいか?」


 フレーズ姫にも話したんだけど、ただ保護するだけでは、果たして生きていると言えるのか、という問題だ。

 獣などではないのだから、住むところだけ与えて、後はご自由に、というのは無責任だし、それはただの穀潰しを作るだけだからね。


 お金になるならないは、人間の話だから、深く言うつもりはないが、何かしら活動はしてほしいんだよね。生きているんだからさ。


「なるほど。しかしジョン・ゴッド様が思いつかないのに、俺で思いつけるかどうか」

「考えることだ。そのことに意味がある」


 誰かがそれを言ったから、それで決まる、というのはよろしくない。結果的にそうなるとしても、何故そうなるのか、自分なりに考えることを大事だ。それをしない、考えないというのなら、それこそ生物として生きる意味はあるのか? ゴーレムで事足りてしまうようでは、それこそ意味がない。


「それに考えた結果、いい案が出るのは、何も頭がいい人の特権ではない。名案はいつどこで生まれるかわからないものだから」


 ということで、二人で考えるわけだけども。


「そもそも、何ができるんだ、というところはあります。能力のない者に、できない仕事を割り振っても意味はありませんから」

「そうなんだよな」


 字が読めない人間に文官になれ、とは言えないし、させない。適材適所が理想ではあるが、まずはできることからやってもらわねばならない。


「細部は、その時になってみないとわからないところはある」


 記憶の齟齬やらリハビリでどれくらい時間がかかるかは、個人差もあるだろうし。今はまだ未知数なんだよな。


「ただ、ある程度、決めておきたいんだよね。ここで彼女たちが暮らしていく上で、いずれ必要になってくることだしさ」

「そうですね。……でも、今のところは修道院でやってきた日常作業とか、その範囲のことはできるでしょうから、そちら方面で考えてみては?」

「修道院村か……」


 何だかなぁ。


「宗教をやるつもりはないし、しばらく教会業務とは切り離したいんだよね。悪い記憶のこともあるし」


 ただ何かの組織、集団にあって、その活動をするというのは、ありではある。


「……学校でも作るか」


 ふと浮かんだ言葉を口に出してみる。グロワールは目を見開いた。


「学校……ですか?」

「正直、あなたが言った通り、彼女たちに何ができるのかは、その時にならないとわからないし、できないことをやらせてもしょうがない。……ではなく、できないことをできるように勉強をする場を用意するというのは?」


 私は振り返り、私の家、その図書室の辺りを指さす。


「あそこにある本を読みに、王国でも少し名の知れた人物が出入りしている。今は無学な娘たちも、勉強の機会を与えれば、そこらの大人よりも賢く、世のため人のために役に立つ知識を得られるかもしれない」


 正直、学校に通う年ではない大人もいるが、学ぶのに遅いということはない。年齢でいえば、学校に通ってもさほど違和感のない女性の方が多いし。


「知識があれば、仕事もできますし、それこそ魔境以外でも自立できるかもしれません」


 優秀であれば、それこそ引く手あまただろう。


「貨幣の概念の薄い環境だからね。何か商売したり、作らせるよりもいいかもしれない」


 それに学校なら、それこそ学科を増やせば、大体のやりたいことにも融通がきくだろう。それこそ、商売やりたいとか、物作りがしたいとかいう娘がいたとしてもね。


 教本などは、知識の泉から引っ張ってくればいいし、施設の拡充にかかるのは、お金ではなく魔力。ダンジョンコアで自在だ。

 一瞬、ダンジョンが学校に、なんていうことが頭に浮かんだ。学校の形をしたダンジョン。ゴーレム型ダンジョンなんて作ったりしたねぇ……。


「教師の問題はあるが……。どうだろうか?」

「娘たちに教育を施す――しかしよく考えれば修道院でも、ある程度の作法や教えを学ぶでしょうし、適応は早いかもしれません。ええ、いい案だと思います、ジョン・ゴッド様」 


 グロワールは相好を崩した。


「それに、あなた様が作られる学校には、かなり関心があります。もしかしたら、いずれ国中の知識層が羨む名門学校になるかもしれない……」

「そういうつもりはなかったけど――」


 うん、まあね。改めて私の家の図書室の方を見る。来ている人たちを考えると、ありそうなんだよね、それ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る