第105話、村を作ろう


 ヘルシャ修道院で行われていた淫行、暴行の件は、王国に引き継がれ、教会関係への聞き取りや、他にも同様の件がないか調べが行われるのだそうだ。

 宗教に関して、あまり強硬なことを言うのは難しいが、今回は教会の不祥事でもあるから、こういう機会を利用して強く出ていこうということらしい。


 余罪やら原因究明やら、それも大事なことなんだけど、そちらばかり見て、実際に被害にあっている人のことを放置するのは、私としてはよろしくないと思うのだ。

 ソルツァール王国が、教会を追求、弾劾するならば、私は被害者たちの方を向こう。どちらも大事なことだからね。


 ……で、これが非常に難しい話だ。

 何せ修道女となり、暴行を受け、行為を強制させられていたというのは、元々、魔獣や魔物で追ったトラウマをさらに加速させて、精神状態を悪化させている。廃人同然の者もいれば、過去、実際に精神が壊れ、死んでしまった者も少なくないらしい。


 酷いことだ。

 だが、人外によって暴行されたという時点で、一般社会では生きづらい。そして気力をなくした彼女たちは、流れるまま修道院に収容されたわけだが……そこが地獄だったというのが、今回の事件ということだ。


 問題なのは、彼女たちの受け皿を用意する必要があるということだ。周囲からの偏見や精神的苦痛のせいで、一般社会に戻るのはもはや困難。

 先のダンジョン・スタンピードの被害者たちのように、すでに帰るべき家や故郷、家族を失い、引き取り手がほぼいない。いたとしても、異種族に暴行されたという件で、相当偏見にさらされる。これは二重苦、三重苦となってしまう。

 では、どうするべきか? 


「魔境に彼女たちの村を作ろう」

「村、ですか……!」


 フレーズ姫は、私の言葉に目を見開いた。


「彼女たちが立ち直ることも大事だが、偏見から彼女たちを守ることも不可欠だ。どちらか一方だけでも駄目なんだ」

「それは、隔離ということでしょうか?」

「修道院も、実質、世の中から隔離されていたけどね」


 外と交流していたのは、修道士たちが主で、彼らに協力的な修道女のみとなっている。大半の被害者は修道院から出られなかったようだ。

 ……まあ、出たいと思う感情が希薄だったことも、事件が発覚しなかった原因の一つだったんだろうね。周りに助けてくれる人もいない、孤立した彼女たちではさ。


「いずれは外と交流するんだろうけど、それにはしばらく時間が必要だ。彼女たちの苦痛の日々の記憶は、取り去るつもりだけど、世間にもしばらく忌まわしき事件のことを忘れてもらう必要がある」

「あの、ジョン・ゴッド様。記憶を取り去る、とおっしゃいましたが……」

「あまりやりたくはないんだけどね」


 人間というか生き物の体験というのは、人生を生きていく上の糧であって、助けにもなる。いわば生きてきた自分だけの記録だ。


「一部でも消したりしたくはないんだけど、その記憶が原因で一生病んだり、死を選ばれてもよくないと思うんだ」

「……そうですね」


 生き物は幸福だけで生きているわけではないが、やはり許容できる範囲というものがあるんだ。それを超過した分は、忘れてしまえればいいのだが、彼女たちの例で言えば、自分で記憶を失うのは難しいと思う。


 もちろん、中には自分で、その記憶を封じてしまえる人もいるだろうけど、その封じ方は、おそらくそれ以外の部分で、その人の人格や性格に違和感や狂気が紛れている場合もあるみたいだ。

 危険のない範囲で、人並みの生活を送れるように、その環境を整える――これだね、まずやれることは。

 ということで、保護して魔境内に村を作る。


「知っているかな、フレーズ姫。この王国で、人が住んでいるのは、せいぜい2割くらいで、残りは自然だったり未開拓な土地だったりするんだ」


 領地として王族や、その臣下たちの領地になっているけどね。もっとも、この魔境は、誰の手も及ばない土地ではあるのだが。


 こういう国土に対して、人の居住域は案外少ないのは、ソルツァール王国だけでなく、多くの国でも見られる。山岳地帯だったり、砂漠だったり、人の生存に不向きな土地が多い国ほど、よくある話ではある。


 閑話休題。

 確か、今回の事件での被害者修道女が6、70人ほどと聞いている。それに余裕をもたせて、村の大きさ、居住できる家を建てないとね。


 そこで取り出したるはダンジョンコア。魔境の溢れる魔力を活用し、ダンジョンもとい、村を作る。……神の力を使わずとも、魔力さえあればできるという物があるというのは、実に都合のよいことだ。


 木や草を取り除く。村の敷地を飛空艇ドックのある場所の近くに確保。私の家は見上げれば見えるが、王族の屋敷は見えない。王族のプライベートを邪魔せず、しかし私の家からは見下ろせる位置だ。何かあった時、すぐわかるからね。

 知識の泉の力を借りて、よさそうな雰囲気の村を参考に、森の獣の侵入を阻む石の外壁を形成する。


 もっとも、強い魔物が相手だと、ただの石壁では砕かれてしまうから、聖域化で近づけないようにする。でも壁があると、魔境で住むという人にとっては、精神的の安心になるだろう。


 私がダンジョンコアを使って作業する様を見て、フレーズ姫は興味深そうな顔をしている。こういうことをしているのを見るのは初めてだったかな、彼女は。


「……とりあえず、住むところはいいとして、その後だよねぇ」

「そうなのですか?」

「最悪な記憶を取り除いたら、少なくとも現状より持ち直すことができるけど、そうなると仕事とかね。生き物は自身が生きるために活動するものだけど、ここって外の世界とは違うからさ」


 何を糧にし、どう生きていくのか。狩猟生活でもするのか? 畑仕事? 中には冒険者という娘もいるかもしれない。


「何だかんだ修道院もさ、地下であんなことがあったけど、それを除けば、生きるために農作業して、神へのお祈りとか多少の勉強とかしていたわけだ。そういう、生活のために何かしら考えないといけない」


 本人たちがやりたいことがあって、それが生きるための活動になるのなら、やらせてあげたいところだけど。


「つまりは、仕事の斡旋ですか」

「ここにいる限り、物々交換はあっても、金品のやりとりはないからね。外の世界と取り引きするというなら、仕事でもいいと思うけど」


 食料については、うちで魔力から生成できてしまうし、このダンジョンコアを使った農場とか活用案があるからね。畑を耕したりという肉体労働はしなくてもいいが、管理くらいは仕事になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る