第104話、ジョン・ゴッド様の制裁
修道院の地下は、それはそれはとても醜悪な光景でした。わたくし、フレーズ・ソルツァールにとっても、正常ではないのはわかりました。
男と女が体を重ねる――実際にそれを見たことはなかったのですが、修道院の地下で行われていたそれは、決して正しいものではなかったと確信しています。
背筋が凍るような、それでいておぞましさに、わたくしは足がすくんでしまいました。周りの声も聞こえない、いえ、わからないほどに、感覚が吹き飛んでしまったかのようでした。
その時、ジョン・ゴッド様が動いたのが視界によぎりました。彼は、あっという間に地下フロアの中心に移動すると、年配の――おそらく身分の高いと思われるその人物に拳を叩きつけたのです。
ビターン、と肉の塊が床にぶつかる音がして、周りに漂っていたねっとりとした熱気のようなものが霧散するようでした。
耳に張り付くような声が消えて、辺りがしーんとなりました。ええ、誰もが倒れた年配の男性と、ジョン・ゴッド様を見て固まってしまったのです。
「修道院長……!」
誰かの声が聞こえた時、ジョン・ゴッド様の制裁が始まりました。
抵抗した者は、瞬く間に制圧され、早々と降参した者は跪いて許しを乞うていました。それは何とも浅ましく、卑しく見えました。
・ ・ ・
修道院の噂は本当でした。
修道院長とそれに従う修道士たちは、暴行被害者として修道院で預かった女性たちに、さらなるを暴行を加えていました。
ジョン・ゴッド様の行動により、聖職者としてあるまじき振る舞いをしていた者たちがあぶり出され、捕縛されたのです。
「ありがとうございます、ジョン・ゴッド様」
わたくしはお礼と共に申し訳なくなります。ご相談してよかったのですが、またそのお手をわずらわせてしまったことは本当に申し訳なく。
「まあ、ああいう場だったからね。つい介入してしまった」
ジョン・ゴッド様は、そう控えめにおっしゃいました。
「ですが、それで救われた方々がいたのもまた事実です」
「神が、彼らの山車に使われて、どうにもね」
一瞬、ゾッとするほど冷たい目をジョン・ゴッド様はされました。
ええ、わたくしはこの方を神の御遣い、いえ神様と思っていますから、ジョン・ゴッド様のお怒りもわかります。
関係ないところで神の名前を出され、さらにそれをまるで言い訳に犯罪を犯していたなんて、天罰がくだって当然と言えます。
「お父さまに相談しても、王族とはいえ教会のやることに証拠もなく調べることはできないという答えでしたでしょうから、一日でも早く解決したこと。さすがはジョン・ゴッド様です」
「そうだね」
言葉は丁寧でしたが、この方の内心からこみ上げる怒りのようなものを、わたくしは感じました。どうしてそうなのかわからないのですが、でもわかったのです。これはわたくしがジョン・ゴッド様を信じ、その一部でも近づけたからかも……いえ、いいえ、思い上がってはいけません。
わたくしは逆立ちしても神様にはなれませんが、この方は普通に立っているだけで神様なのですから!
そうこうしている間に、シスター・カナヴィとペタルさんが戻ってきました。上で仕事をしていた修道女たちを呼んで、暴行されていた女性たちに着る物を用意させていたのです。
「ジョン・ゴッド様ぁ? 上にも連中に与している修道士たちがいたんだけどぉ?」
にこやかな笑みをうかべつつ、どこか媚びているようなカナヴィ様です。ジョン・ゴッド様は小首をかしげました。
「制圧してくれたんだよね?」
「それはもう。アナタ様のお言いつけですからぁ」
やっぱり今日のシスターは、ジョン・ゴッド様に媚びているように見えます。主人の御威光を目の当たりにした影響でしょうか? それとも共に仕事をすると、ハイな気分になるというものなのでしょうか。
少なくとも、わたくしが見てきたカナヴィ様とは、違う雰囲気です。
それにしても、修道院の地下だけでなく、上にも修道院長の息のかかった部下たちもいたでしょう。ここでの事が伝われば、何かしらの抵抗をしてくる可能性もありますが、それらをカナヴィ様とペタルさんは、どうやら全て取り押さえたようです。
ジョン・ゴッド様にお仕えするお二人ですから、さすがお強いのですね……。
・ ・ ・
地下で疲労困憊の女性たちは、とりあえず休ませるとしまして――さりげなく、ジョン・ゴッド様が治癒の魔法をかけておられたので、わたくしも彼女たちに同様の処置を施しました。お力をいただいたのに、見ているだけでは来た意味がありませんから。
上で仕事をなさっていた修道女たちから、とりあえず事情を聞くのですが、どうもこちらにも修道院長派のシスターが複数人いまして、それはたちどころにジョン・ゴッド様に見破られて、捕縛されました。
魔獣や魔物に暴行され、行き場のなく、収容されて修道女になった者たちから、ここでの話を聞くことになったのですが、これまで抑え込み、我慢していたものが一気に噴き出して、彼女たちの多くが涙を流していました。
わたくしも、それに影響されたのか、話を聞くだけで辛く、涙をこたえることができませんでした。
上で作業していた女性たちは、ある程度感情が安定していましたが、地下の被害者たちは、それこそ感情を壊されて、人形のようになっている方が少なくありませんでした。
改めて、それにつけこんだここの修道院長とその部下の修道士、修道女たちには怒りがこみ上げます。
通報を受けて、イリスと王国騎士たちが修道院に到着。ジョン・ゴッド様によって捕縛されていた犯罪者たちは連行されました。きっちり罰を与えて、二度と卑劣な行いができないようになるでしょう。教会が何を言ってきても、どうしようもない悪行が暴かれたのですから!
そして被害者修道女たちは保護されました。……されたのですが。
「保護……保護かぁ」
ジョン・ゴッド様は首をかしげていました。
「どういたしました?」
「フレーズ姫」
ジョン・ゴッド様は真顔でこう言いました。
「これを助けた、と言っていいんだろうか?」
「と、おっしゃいますと?」
「彼女たちを王国に預けて、それでおしまいは、ちょっと無責任じゃないかな、と思うんだよ」
――と、言うことは! わたくしの胸が弾みました。
ジョン・ゴッド様は、何かをして、この方たちをお救いするつもりのようです!
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