第103話、修道院の視察
ヘルシャ修道院は、切り出されたブロック状の石材を積み重ねてできた建物だった。
見る角度によっては砦のようにも見える頑丈な作りで、思ったより大きかった。大人数を収容できる集会場を備えている他、大食堂、そして修道士や修道女のための居住区がある。
これが頑強な塀に囲まれていて、侵入者を阻む。正面から行くから塀はどうでもいいのだが、この高さだと中から脱走は難しいだろうな。
私は、シスター・カナヴィと彼女の従者――ホムンクルスのペタル、そして従者のフリをしているフレーズ姫と、修道院にやってきた。
「どちら様――あ、これはシスター・カナヴィ」
門番をしているらしい修道士が、我々……正確にはカナヴィを見て、姿勢を正した。そのカナヴィは、清楚シスターらしく振る舞った。
「こんにちは。私のことを覚えていてくれたのですかぁ?」
普段のダラダラや、玩具を相手に遊んでいる姿を知っていると、まったくの別人に見えるカナヴィである。女神の頃はこうだったのか。悪魔になって本性が露わになるというし、余所行きの顔なのだろう。
「もちろんです、シスター・カナヴィ。貴女様を一目見れば、そのお顔を忘れるはずがありません」
「あら、ありがとうございますぅ」
本当、誰だこの聖母のようなシスターは。
若い修道士が赤面しつつ、鼻の下が長くなる。これは禁欲生活の影響か? それとも噂どおり、教会の教えを破って行為にふけっているか。
「それで、今日はどのようなご用件で。来訪予定にはなかったはずですが」
一応仕事に戻った修道士が問えば、カナヴィは笑顔のまま答えた。
「今日は遠い地より、当修道院をご視察にこられたセント・ジョン司教様の案内として参りました」
「司教様!」
修道士は慌てて、私に頭を下げ、神への祈りを捧げた。
「ようこそ、お越しいただきました。スワンソンと申します」
うむ、と私は頷く。スワンソンと名乗った若い修道士は、カナヴィに近づき、声を落とした。
「あの、司教様が来られるなんて、初耳なのですが」
「えー、視察にこられる旨、連絡入れていたのですが……来ていなかったですかぁ、手紙」
「あ、えっと、さあ……」
スワンソンは困り顔である。その様子だと、スワンソン君は門番専門というわけではなく、交代でやっているかもしれないね。自分以外の誰かが通達を受け取り、そして上司が伝言を忘れている、という可能性を考えたかもしれない。……まあ、カナヴィのそれは嘘なので、誰も知らなくて当然ではあるのだが。
「とても遠い遠い土地から、司教様は今日の視察を楽しみに来られたのですが……まさか、通達ミスのせいで入らないなんてことは、ないですよねぇ?」
上目遣いで、可愛らしくカナヴィは、スワンソンに詰め寄った。シスター服ごしでも胸の膨らみが、はっきりわかって若い修道士は唾を飲み込んだ。さすが悪魔娘のシスター・カナヴィ。清楚ぶって誘惑するとはね。
「も、もちろん、司教様を門前払いなどできませんよ……! 一応確認しますが、司教様はこちらがどういう施設かわかっていらっしゃいますよね?」
周りに聞こえないように声を落として聞くスワンソンだが、残念、私の耳にはしっかり聞こえているんだ。
そうやって内緒話をするということは、大きな声では言えないことでもしているのかなー?
カナヴィはニッコリした。
「もちろん、セント・ジョン様はご存じですよ」
「そうですか、それならば問題はないでしょう。……どうぞ」
スワンソン修道士は、門を開けて、私たちを敷地内に迎え入れた。
ほう、薄々わかってはいたが、塀の中は結構広いね。右手の方をみれば、畑があって幼い修道女たちが手入れをしていた。
自給自足らしいから、彼女たちも畑仕事はもちろん、家事、工作、補修などあらゆることをやるのだろう。
さて、それでは視察を始めようか。
・ ・ ・
神への祈りは1日に五回あって、その際は必ず集会場に集まって、祈りを捧げるのだそうだ。
早朝、午前、正午、午後、夜だが、一番きついのは、夜も明け切らないうちにやる早朝の祈りだという。スヤスヤ眠っていても叩き起こされ、急いで駆けつけねばならない。他の時間は、普通に作業をしていたりして起きているので苦ではない。
私たちは正午の祈りが済んで、食事時を狙ってやってきたので、大半の修道女は昼食のために食堂に集まっていた。
しーん、と静まり返っていた。彼女たちは私語を交わすこともなく、小さなパンが二つと、コップ1杯ぶんの飲み物のみを黙々と食した。
清貧を以てする教会、その修道院ではこれが普通なのだ。これ自体は、このヘルシャ修道院も変わらない。時々果物や野菜などのおかずがつくこともあるという。
しかし、食事中も私語禁止とか、過酷よなぁ。私は皆とわいわいお喋りしながら食事するのが好きなのだがね。修道院生活は、私には合わないなぁ。
修道院の中を見て回る。中庭に面した立派な回廊では、修道士や修道女が本を読んだりしている姿を見かけた。
ついでに修道女たちの部屋を見せてもらえたのだが……何というか、檻のない牢屋みたいだね。あるのは干し草にシーツを被せただけのベッドらしきものがある以外は何もない。無機的で何もない部屋は、とことん清貧を極めるとこうなるという、どこかおかしなものに感じた。
カナヴィ曰く、修道院というのはこういうものらしい。部屋を見た限りでは、ここが取り分け、修道女に対して環境が悪いというわけではないそうだ。
事情を知らない人がみたら、この時点で虐待されている、と騒ぐのだろうなぁ。貴族の娘が罰として修道院に入れられると聞いて、猛烈に嫌がるというのを知識の泉の情報で見たことがあるが、それも納得だね。
こんな牢屋みたいな何もない部屋で寝られるなら、きっとどこでも寝られるだろう。従者としてついてきているフレーズ姫は、さきほどずっと絶句している。
極めて、修道院としては普通のところを見たわけだけれど、このヘルシャ修道院は、ここからが地獄である。
欲と肉に塗れた外道修道士たちが、魔物に暴行された過去を持っている修道女たちを辱めている……という話だからね。
本当にそんなことがあって欲しくはないが、カナヴィは、行われていると証言していたし、望み薄である。……フレーズ姫には刺激が強すぎやしないか。
ということで、さっそく地下に通され、分厚い金属の扉を押し開けると――
「……」
筆舌に尽くしがたい、肉に塗れた光景が広がっていた。
「これは清めだ! 我が聖水をしっかり受け取りたまえ!」
とても恰幅のよい修道院長かな。聞くに堪えない修道士たちの声。嘆きを含んだ嬌声、正常とは思えない修道女たちの言葉があちこちから聞こえる。
「神の祝福だ。それぇーい!」
修道院長の言葉。その時には私は動いていた。肉の宴をするりと抜けて、贅肉まみれのその男の顔面に魔力パンチをぶつけ、吹っ飛ばした。
お前が、神の名を口にするな。気持ち悪い!
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