第102話、教会の裏側
「――でー? 今度は何かしらぁ?」
シスター・カナヴィは、何とも気怠い雰囲気をまとっていた。この美女は元女神だが、追放されて悪魔に墜ちた。
現在は、私の魔境の家のそばに部屋を作って、気ままな生活を送っている。
「この王国の教会施設に用があってね。君がそういう格好をしているから、何か知っているんじゃないかと思ってね」
情報収集の一環というやつだ。ソファーにもたれて横になっているカナヴィは、フフフと笑った。
「王国の教会? フフ、お姉さんは一応、そちらでは上級シスターとして、まあちょっとした偉い人ぉ、みたいな? まあ聞かれたら答えてあげなくもないわ」
悪魔なのに、教会で一定の立場を持っているとか。大丈夫なのかね、この教会さんは。もちろん、カナヴィが悪魔であることは知らないんだろうけど。
まあ、これで目的の情報を得られるなら、大した問題ではないか。私は、フレーズ姫から聞いた例の施設――ヘルシャ修道院について聞いた。
「へぇ、ヘルシャ修道院ね」
カナヴィが、とても悪い顔で笑みを浮かべた。
「あそこってあれよね。ゴブリンとか魔物に犯された娘たちを保護して修道女にしているけれど、その実、奴隷育成施設ってやつ」
何か凄まじく、あり得ない単語が混ざっていたような。
「聞き違いかな? 修道院だよな?」
「ええそうよ。でも教会っていうのは、人々の募金と、足りない部分は自給自足でやっていかないといけない。それはどこでも同じだけれど、ヘルシャ修道院は、それを奴隷売買で維持費を賄っているってわけ」
「それ、王国が聞いたら即時潰されるんじゃないか?」
「潰されるでしょうね。大抵の国ならね」
しれっとカナヴィは言った。
「ただ、ヘルシャ修道院の嫌らしいところは、引き取り手のいない者たちを専門に受け入れている場所だっていうこと」
つまり?
「そういう国や町、村からもお荷物になりそうな人間を保護して世話してくれる施設だから、たとえあくどいことをしていたとしても、案外見て見ぬフリをしてもらえるってことよ」
「知っていても、助けない……」
「そもそも、身寄りがない子ばかりだから、親や親族が娘はどうなったか、なんて確認するはずもないし。被害の訴えがなければ、取り締まりなんてするはずもないわ」
カナヴィはニンマリと笑う。
「まー、あそこの修道院長たちは、ろくでもない奴らばかりよ。いたいけな娘たちを好き勝手もてあそんでいるんだから」
神の名のもとに。
魔物に穢された体を清めるために必要な行為とか何とかいって、さらなる暴行を加える。厳格な修道院のルールは、修道女からの自由を奪い、服従を強いる。偉い人が、教会の教えと言えば、それが正しいと押しつけられるわけだ。
「最悪だな、それは」
フレーズ姫が聞いたらブチキレしそう。私としても、はらわたが煮えくり返る思いだ。神を何だと思っているのだ。
「修道院のルールが厳格なのは、どこも同じだけどね。ヘルシャ修道院は、それを個人の欲望に利用しているっていう。教会の総本山だって、そこのところを知れば取り締まる……かどうかは微妙かしら」
「何故だね?」
「教会というのはお金が集まってくるのね。総本山に高い金を上納しているところは、案外見逃されるというか、何というか……」
世の中、金ということか。私には無縁な話だな。魔境生活に、一切の金は動いていないから、特にそう思う。
そう考えると、この王国の宗教、教会とやらはあまり好ましい体質ではなさそうな気がする。どういう宗教なのか、私はいまいち知らないのだが、思ったより俗に塗れているのではないか?
……フレーズ姫を聖女云々と言い出した教会も、彼女の高い魔法の能力を山車に、金儲けを考えてのことではないだろうか。周りが猛反対したのも、そういう客寄せが見え透いていたから、かもしれないね。
「他はともかくとして――」
カナヴィは言った。
「ヘルシャ修道院は、性と欲に塗れた教会施設とはほど遠い場所なのは、間違いないわね」
「なるほど」
「うわぁ……。ジョン・ゴッド、あなたコワーイ顔してるわよ?」
「わかるか?」
人間のやることではあるが、神様の名を利用して、そういうことをされるのは大いなる主神様への冒涜である。
神というのは、そういうことに関して、一切妥協しない。もし私が追放されていなくて、天界にこのことをチクったら、即天罰で修道院は爆発四散するだろう。……加害者どころか、被害者もろとも。
神は時にとても非情なのだ。その冒涜行為が個人の神だった場合、その神によっては国もろとも滅ぼすなんてこともあるから怖ろしい。
神様は地上に介入を避けること、というルールは天界にはあるが、それについて例外もまた存在する。特に神を不正利用したり、冒涜する、神に反逆するなどをした場合は、天罰執行は許されるのだ。
それで巻き添えにされるのは、ご免だね。
「どれ、私が直接赴こう」
「ヘルシャ修道院に? へー。まあ、行ってらっしゃい」
関係ないとばかりに、カナヴィが手をヒラヒラさせる。何を言っているんだ?
「君も来るんだよ」
「えー、やーよー。何でワタシが?」
「君は教会の人間にも顔が聞くんだろう? 案内してくれよ」
カナヴィは、とても嫌そうな顔をした。
「あなた、絶対そこで暴れるつもりよね?」
「どうかな。実際に見て判断しようと思う」
人の話を聞いてだけで、それを全てとして判断するのはよくない。そうは思わないか?
「ねえ、神様って、地上の事には介入しないものよね?」
「私は神であって神ではないからね」
追放された結果、天界の考えは尊重するが、それを厳密に守らなくてはいけない、ということもない。もし追放後も厳守するなら、カナヴィのような悪魔は地上で好き勝手できないことになるよね?
「今回のそれは天界の神の価値にも影響する事柄だ。……君も、そんな神様の天罰の巻き添えは嫌でしょ?」
「もう、あなたの巻き添えにされてるんですけどぉー?」
少々ご不満な様子のカナヴィ。でもそれでも可愛いと思えるのはズルいと思う。伊達に悪魔ではないね。
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