第101話、お姫様の相談


「折り入って、ご相談があるのです、ジョン・ゴッド様」


 フレーズ姫は、とても深刻そうな顔でそう言った。

 普段が充実しているようで、王都で頑張っていたようだが、何か問題があったんだろうね。


「ドゥマン村の被害者たちについて」


 ……ダンジョンスタンピードで滅びた村だったね。ゴブリンによって男は殺され、女は玩具にされたというやつ。生存したのはいずれも女性だが、心身ともに深い傷を負ってしまった。


「彼女たちは、ゴブリンによって穢されてしまいました。体の傷は治癒魔法で癒やせても、心の傷まではそうはいきません」


 聞けば、フレーズ姫はドゥマン村の犠牲者たちに治癒の魔法をかけたり、声をかけたりと何とか被害者が持ち直せるように努力したという。

 しかし、そう簡単に、身近な人の無残な死、暴力の記憶は消えない。


「それで、被害者たちは、王都より離れた修道院に引き取られているのですが……」

「修道院」


 何でも、ゴブリンなどによって体を穢された者たちが、世間の差別と偏見から身を守り、療養しつつ、穢れを祓い、神に祈る生活をする場所として、そういう専門の修道院があるのだそうだ。


 他種族に暴行された、など偏見と差別は凄まじくありそうだから、わからない話ではない。病気ではないのに病気扱いされたり、一方的な決めつけが、二重三重の暴力となって被害者を傷つける。だから、世間とは隔離されている安全地帯が必要なのだろう。


 ただ、安全地帯とはいいつつ、隔離しているというのは、遠回しに差別しているように見えなくもない。被害者の身の安全を第一と考えれば、差別ではないとも思うが。

 システムとしては、わかる話だ。被害者の受け皿としての専門修道院。形はあるわけだが、フレーズ姫が相談を持ちかけてくるということは、何かあるのだろう。


「それで、問題とは?」


 施設が古いから新しくしたい、とか、そういうのは王国の方でやる――いや、教会は別組織なんだっけ? 修道院って、そっち系列だったような気もするが、ちょっと私も不勉強でね。


「その修道院について、あまりよろしくない噂がありまして」

「噂?」

「わたくしも、入っている方々がきちんと療養されているのか心配だったので、色々話を聞いてみたのですが――」


 フレーズ姫の表情は曇りっぱなしだった。


「どうも運営している修道士が、被害者修道女に……その、暴力を振るっているらしいのです」


 実際に現場を見たわけではないが、ゴブリンに暴行された件を抉り、言葉での暴力を浴びせたり、体罰を加えたり、少々行き過ぎではないかと思えるものだったり、一部ではいかがわしい行為が行われていたのではないかと噂があるらしい。


「元々隔離されていますから、外部の人間の目には触れにくい場所ではあります。直接の目撃者はおりません。ただ出入りする業者らが、そういう行為を示唆する声や鞭の音を施設から聞いたりしているそうです。対面の修道士は、牛などの家畜が言うことを聞かないことがあるとか、言っていたそうですけれど」


 本当にそうなのか、フレーズ姫は疑っているようだった。

 収容された被害者たちのその後が心配で、あれこれ調べたフレーズ姫のようだけど、現状物的な証拠はなさそうだ。


 実際にその場を見ていない、人から聞いた話だけでは、ちょっと疑うには弱いね。


「それ、王族の権限で立ち入ったり調査はできないのかな?」

「教会は、王族と言えども介入は難しいです。もちろん不正や悪徳の証拠があれば、できなくはありませんが、教会勢力は国内外で強い結びつきがあって、下手なことをすれば、国の不利にも繋がります」


 教会が信徒たちをたきつけて、悪い噂を広めてその国を内乱に導いたり、王族を排除させたり、ということもなくはないらしい。国の指導者と教会は持ちつ持たれつ、ほどほどの関係にあるのが、それが国のためにもっともよいらしい。


 ……気にいらないな。ちゃんと神様に尊敬と感謝の念を抱いている? 神の名前を出して、実は自分たちの好き勝手やってない?


「わたくし、その修道院を見たいと言ったのですが――」


 フレーズ姫、不満そうなお顔。


「わたくしに聖女として、教会にお仕えいただければ、などと言われまして。家族にそのことを話したら、皆からは猛反対されました。教会の権限向上に利用されるだけだと、かなり嫌悪感を示していました」


 今のフレーズ姫は、光魔法の申し子。その癒しの力は、聖女と言われて、教会関係者から、かなり勧誘されているとかいないとか。体よく利用されると、王族が懸念するのもわからないでもない。


「とにかく、今の状況を見て見ぬフリをするがの正しいこととはわたくしには思えなくて……。どうすればこの状況を変えられるのか、ジョン・ゴッド様のお知恵をお借りしたく」


 そう言うと、フレーズ姫は頭を下げた。

 自分には関係のない話だろうに、人のために頭を下げるんだな、このお姫様は。


 そう、この人、王族という以外に、ドゥマン村とは何の接点もないはずである。ダンジョンスタンピードの鎮圧の時も、王都にいて、実際の村の被害を見たわけではない。連れてこられた被害者たちの手当をした、それくらいだと思うのだが、それだけでここまで深く同情してしまえる人なのだ。


 そして問題があれば、他人事で済ませられないのだろう。不正に目をつぶらないというのは、人や立場によっては意見のわかれるところではあるが、民にとってはよい資質だと思う。


 それはそれとして、お姫様が持ちかけてきた相談である。王族の権威でも一筋縄ではいかない教会勢力、その関係施設で行われているかもしれない行為。

 証拠がないから、強く出れないということだが、要するに、その修道院がきちんと正しく運営されているか、正確なところをまず把握しないといけないわけだ。正しいのであれば、フレーズ姫の懸念は杞憂で終わるが、問題があれば国は正さねばならない。


 王国が介入するなら決定的な証拠が必要――というところだが。


「イリスに行かせるというのは駄目なのかな?」


 王国が誇る聖騎士様が、先のダンジョンスタンピードの被害者を慰問するとか何とか言えば、案外入れるのでは?


「王族が入るのをよしとしていない雰囲気でした」


 フレーズ姫は、わずかに眉をひそめた。


「わたくしが気になったのも、その対応と言い回しが原因なのですが、魔物によって穢された者たちと王族を接触させれば、穢れが移ってしまうかもしれないので、近づかれないよう、と言われまして」


 修道院に収容している被害者は、修道女として身を清め、神への祈りを捧げる日々を送る、ということになっているそうだが、それにしては随分な言われ方をされているように感じられた。


 なるほど、その辺りもフレーズ姫が気にしている一因というわけだ。火のない所に煙は立たない、というが、きっかけはあったわけだね。

 これは臭うなぁ。……よくない臭いだ。

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