第100話、国王は見ている


 私はソルツァール王国国王、アーガストである。

 魔境にある屋敷の主、ジョン・ゴッド殿は相も変わらず、奇妙な発明をしている。隣に別荘を建てさせてもらい、そこでのんびりした時間を過ごしている私は、彼の行動をよく目にする。

 これがまた退屈しないのよな。


 王国用の大型飛空艇の建造が始まり、ジョン・ゴッド殿のゴーレムたちが日夜作業を行っていて、これは完成が楽しみなのであるが、その間も主は気ままに製作作業に没頭しているようだった。


 好きなのだろうな、物作りか。神は天にあり、大地を創造した。海を作り、空を作り、生き物を作った。神というのは、作るのが好きなのだ。

 ジョン・ゴッド殿の正体について、私はもう深く考えない。神様でもいいし、お遣い様でも、それ以外でも構わない。彼が望むように接してくれて、普通の付き合い方でよいというので、そうしている。


 と、閑話休題。

 ジョン・ゴッド殿は、馬のない車を作った。……いや、車輪がないのだから、車と言っていいのかは疑問だ。

 ただの鉄板に浮遊石をくっつけて、地面の上を滑るように移動する乗り物だ。

 浮遊する板というだけでも面白いのに、彼はゴーレムコアをそれに積んで、板型のゴーレムにしてしまった。


 息子たちも、それが大変気に入ったようで、腕白なクラージュは早速乗り回していたし、真面目なグロワールは、そのゴーレム板に王国の輸送業の発展を見て、興奮も露わにその利便性を私や妻のグリシーヌに語った。

 特に馬車嫌いのグリシーヌは、揺れの少ない乗り物に好印象を抱いて、さっそくそれを馬車の代わりにしようなどと言い出した。


 まあ、気持ちはわかる。舗装された王都内ならともかく、遠出とあると、整備不充分の街道などで、凄まじく揺れて尻や腰が痛くなるからな。

 ともかく、ゴーレム板の登場は、私たちの関心を引いたわけだが、ジョン・ゴッド殿は次の発明に取りかかっていた。


 そして完成したのが、浮遊靴という浮遊の魔法がかけられたブーツであった。先のゴーレム板のように、地面から少しのところを浮かぶ魔道具の一種であろう。

 地面の上をスイスイと滑る様は、何とも身軽で、楽しそうに見えた。ただ若干使いこなすにはコツがいるようで、慣れないうちは足の動き方を忘れてしまって混乱するらしい。これはゴーレム板のほうが乗るだけな分、楽だと思う。


 靴に浮遊の魔法かぁ……。魔道具としてはありそうで、なかったというのだから意外に思える。

 この件でエルバに話を聞いてみれば――


「商品としてはなかったと思います。職人の間で自分用に魔法を付与したブーツを使っている者はいましたが……」


 個人製作で、しかも売り物ではないパターンらしい。


「何故、これが商品として世に出なかった?」

「浮遊魔法が使える者はそちらを使えますし、少なくとも地面の上を滑るものを作ろうとか、使ってみたいという声がなかったからかと」


 需要がなければ、閃くこともなく、商品として作られなかったのではないか、とエルバは告げた。


「そもそも、今回ジョン・ゴッド様が浮遊靴を作られた理由は、クラージュ王子殿下の機械歩兵開発の試験ということだそうで」

「なに? あの靴が、機械歩兵の試験とな?」


 それはまた、どういう繋がりでそうなったのか、その時の私には理解ができなかった。

 エルバのさらなる説明によれば、クラージュの機体は、従来の機械歩兵と比べてもヘビー級になるということで、つまり鈍重になってしまうのではないかと予想された。

 そこでジョン・ゴッド殿は閃いた。重量で足を取られるなら、浮遊して移動させれば重量問題もある程度マシになって、最低限の機動力を確保できるのだとか。


 ほぅ、機械歩兵の性能の試験の延長で、浮遊靴が作られたのか。いやはや、よく思いつくものだ。

 実際に地面の上を滑る感覚というものも身につくと言い、クラージュ専用機の足回りがそうなるのであれば、これもいずれ操縦する時のためのよいトレーニングになるだろう。まったく、どこまで先を考えているのやら。


 そんなジョン・ゴッド殿の思惑をよそに、浮遊靴は、この魔境の屋敷の流行となった。

 彼の屋敷で過ごす者たちは、ほぼ全員が浮遊靴を使って移動しているのを目撃したし、クラージュやグロワール、そして私も実際に試してみた。

 歩かずに移動できるのは面白いし、楽ではあるが、あまり室内向きではなさそうだ。


 クラージュは外で浮遊靴を操って、訓練に取り入れていた。グロワールもしばらく、浮遊靴を履いて過ごしていたが、そのうち普通に歩くようになった。


「今のうちに楽し過ぎると、年を取った時、体が早く老いてしまいますので」


 ジョン・ゴッド殿の図書室で勉学に励んでいるグロワールは、さも当たり前のように言った。

 適度に体を動かすことが、健康の秘訣であり、長生きの秘訣なのだという。……最近、こやつは、ジョン・ゴッド殿の図書室の本で得た知識を当然のように披露するところがある。

 ちょっと鼻につき始めているので、増長する前に一喝しておこう。


 将来、私の後継として王を継ぐグロワールである。賢いのは結構だが、それで周りを愚か者と断じて、見くだすようになるのはよろしくない。見習うなら、ジョン・ゴッド殿のような謙虚さを学んでほしい。


 この世にないものを生み出し、世界の最先端を行く知識を持ちながら、周囲にも等しく接し、知識を押し付けがましく披露することはない。聞かれれば答えをくれるし、不快を伴う傲慢さなど、微塵も感じさせない。

 王として正しいかはわからないが、ああいうところは私も参考にさせてもらっている。


 この魔境の森に連れてきた者たちは、皆、秘密を守り、王家に忠実である。が、そんな彼、彼女らも、ジョン・ゴッド殿には自然と敬意をもって接している。しかも王城にいた頃より、どこか元気があるように見えるのだ。


 皆、素直だし、仕事もテキパキとこなす。しかし、王城にいた頃より機敏に見えるのは何故なのか? ジョン・ゴッド殿の聖域の効果か?


 最初はフレーズが、ジョン・ゴッド殿には神のように接しろと厳しく注意されていたせいもあると思っていたが、それで萎縮するところなく、むしろ彼、彼女らの仕事への対応力が上がっているように思えてならない。


 ……やはり、笑顔が許される環境の影響かもしれない。王城では、周囲の目もあって真面目な振る舞いを当然のようにやっているわけだが、ここではそこまで厳しくない。

 ここに来る前のグロワールなら、王族や騎士たちの前でヘラヘラするなと睨んでいただろう。が、ジョン・ゴッド殿は確か――


「ここは王族ものんびり過ごす場所なのだから、表情は緩いほうがいい」


 警備の者も従者たちも仕事中は引き締まった表情をしているが、そうでない時は笑顔を浮かべている程度のことで目くじらを立てることはない。

 ジョン・ゴッド殿は『むしろここでは、すれ違ったら談笑するくらいしてもいいくらいだよ』と、出会った従者や騎士らに挨拶したり喋っているくらいだった。


 ここは、彼のテリトリーだ。私たちものんびりした空間を分けてもらっているのだから、郷に入っては郷に従うべきだと、私は思う。

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