第99話、発想は湯水の如く
他のもので牽引するからトレーラーというのであって、自分で動けるならトレーラーではないと、知識の泉には記されていた。
それはともかく、浮遊するゴーレム板を庭で走らせていたら、王族にも見られるわけで、好奇心旺盛なクラージュ第二王子が、さっそくその乗り心地を体験し、歓声を上げていた。
「これは面白い乗り物だ! ゴーレム! 右に曲がれ!」
指示に反応してゴーレム板は動く。これが音声対応だから、馬を操るのと違って、乗り手に技量を必要としない。ゴーレムがそのように動いてくれるから、非常にお手軽に操ることができる。
グロワール第一王子は、ゴーレム板を見やり、リラのように絶賛した。
「これは革新的です! 我が国の輸送の概念が変わります!」
大量の荷物を効率よく運ぶことができる。
「何より、これが素晴らしいのは、地面から浮いていることです」
王子は私に力説するように言った。
「壊れやすく、これまで敬遠されてきた物も輸送することができます! さらに荷物だけではなく、椅子を設置すれば馬車のように人も乗せられます」
グロワールは、肩をすくめる。
「馬車の乗り心地ときたら、それは酷いもので、舗装されていない道を行こうものなら、腰を痛めるほど揺れます。車軸が壊れたら走りませんし、車輪がはまってしまうこともあります! しかし! 浮いて、しまえば! そういうトラブルもない!」
……楽しそうだなぁ、この王子様。もしかして馬車で何かしら苦い思い出があるのではなかろうか。それも、一度や二度ではなさそう……。ひょっとして乗り物関係で、運がない人だろうか。
しかし、飛空艇では、スピードを重視するなら爆裂噴射装置がいい。だが、地上の乗り物は地形や障害物を考えれば、そこまで速度はいらないから、パワーが低めの風力推進装置でもいけそうである。……爆裂噴射装置付きのゴーレム板なら、どこまでスピードが出るだろうか?
「マイスターが、悪い顔をしているのです」
リラがそんなことを言うのだ。
「また何か思いついたのです?」
「ちょっとね。地上で最高速出したらどれくらいになるだろうと思ってね」
地面から浮遊しているなら、その
「だだっ広い場所が欲しいな」
この魔境の森では、充分な距離が取れないから不可能。
「危なくないのですか?」
「危ないかもね」
ほんの好奇心というやつだ。そこでリラは首を傾げた。
「でも、浮遊しているということは、実際、機械歩兵が飛んでいるのと変わらないのでは……?」
わざわざ作ってやらなくても、調べられるのでは――とリラは指摘した。高度こそ違えど、浮遊石で浮き上がって、そこで加速すれば同じというのもわかる話ではある。
「ナイトでやればわかるって話か……。いやそうとも言えないんじゃないか?」
形や大きさで空気抵抗も変わるわけで、速度差はあるんじゃないか。
「より速度が出る要素があるかもしれない」
「それは……そうなのです」
リラはコクンと頷いた。どうやら賛同してもらえたようだ。
「それに一つ思ったんだが、クラージュ王子の機械歩兵だけど、重量問題を解決できるかもしれない」
「! ……まさか!」
「移動の時は浮遊石で地表から浮かせて移動すれば、装甲で重量が増加しても、移動速度は歩行や走行より早くなるんじゃないだろうか」
物は試し、どんどんやってみようじゃないか。
・ ・ ・
「で、今度は何を始めたのかしら?」
イリスが呆れも露わにそう言った。
私は庭の端で、リラ、そして魔道具職人のエルバと共に、靴型魔道具を製作中。庭で訓練する者たち――イリス、フォリア、クラージュ王子らが、そんな私たちが何かをやっているのかと見にきたのだ。
「浮遊靴」
私は、とりあえず出来たブーツを持ち上げて、一同に見せた。
「浮遊靴ぅ……?」
「それ、もしかして浮かぶんですか?」
フォリアが純真な目を向ければ、クラージュ王子も前のめりになった。
「おお、そうなのか! あの面妖なゴーレム板の次は、浮遊する靴」
そう言ったところで、クラージュ王子は真顔になった。
「ジョン・ゴッド殿が物作りに秀でているのはわかるが、オレの機械歩兵にはまだ取りかかっていないのか?」
「この浮遊靴は、あなたの機械歩兵のためのテストも兼ねているんですよ」
「そうなのか!? それならば話は別だ」
現金な王子様である。エルバが、完成した試作品の説明を始める。
「ブーツに浮遊石を加工したものをつけて、魔力を通せば浮き上がるようになっております。そしてブーツのつま先と踵部分に、衝撃で風魔法が発動するように仕込みました。これで地面に足がついていなくても、滑るように移動できます」
「まずは速度が出ないように低出力でやる」
私は浮遊靴を履く。魔力を足の裏から放出するようにやれば、ふわりと体が浮いた。
「浮いた!」
フォリアが驚けば、エルバは「当然です」とすました顔で答えた。
「そういうふうに作りましたからね。……ゴッド様」
「浮遊魔法の要領でやれば、バランスもとれるだろうね。じゃあ、やってみよう」
踵同士を軽くぶつける。これで後ろに風が噴射されて、地面に設置していない分、抵抗がなくて前進を開始する。ゆっくり……意外とそれでも速い気がするのは気のせいかな?
「おお、動いた!」
クラージュが素直に目を丸くする。このくらいのことは、浮遊魔法が使える魔術師なら大したことはないだろうが、魔法が使えない者からしたら、驚きなのだろう。
私は腕組みしつつ、すいー、と滑るように移動する。足の向きを変えれば、ゆるやかに円を描くように旋回する。
エルバ、そしてリラも自分用の浮遊靴を作り、試してみる。
「おお……おおっ?」
「大丈夫ですか、リラさん?」
「これ、どう足を動かせば……?」
さっさと動き出したエルバに対して、リラは浮かび上がったものの、そこから動けずにいた。
「普通に足を動かすんですよ。できるでしょ?」
「いやいや、どう動かすのです?」
軽くパニックを起こすリラ。変に意識すぎて、歩き方を忘れてしまった人みたいになっている。
それに対して、普段から魔法になれているエルフのエルバは、スイスイと滑り出し、ターンや急加速、急停止などを試している。さすがは魔道具職人。この手の扱いはお手のものようだ。
「うおおお、オレも! オレもやりたい!」
「わたしも!」
クラージュ王子とフォリアが手を挙げる。人がやっていると、つい自分もやってみたくなるものだが、フォリアはともかく、王子様はまるで子供のようであった。
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