第93話、フォリア、羨望する
お師匠様は、あっという間に悪魔を倒してしまった。
わたし、フォリアは、ずっとお師匠様のそばにいた。でもあの人が動いた時、それを目で追うことしかできなかった。
王国軍とダンジョン探索。わたしはお師匠様のそばで護衛役を務めた。ただ今回は、周りには王国の騎士様たちがいて、お師匠様を前に出さないようにしていたから、わたしも守られる格好だったけれど。
正直、わたしもお師匠様も出番はなさそうだった。でも、いざその時のお師匠様の動きは素早く、的確だった。……ああ、これはかなわない。
魔境のお師匠様の家で、修行はしているけれど、全然及ばない。まだまだだ、わたし……。
サンドル坑道ダンジョン、その最深部は、王国軍により制圧された。今回のダンジョンスタンピードは一応の解決をみたのだ。
「――たぶん、ミリアン・ミドールが使ったのは、怪物化する類いの魔法薬だと思う」
ウイエさんが、首謀者と思われる敵――怪物のようになった人のことについて、そう言った。
何でも、ミリアン・ミドールという魔術師は、禁忌に触れて追放された悪い人なんだそうで、ネサンの村の事件にも関わっていたとか。
「悪魔化だね」
お師匠様は告げた。
「人の体を捨て、悪魔となる薬だろうね」
「悪魔」
イリス様が顔をしかめる。
「それなら、あれだけの強さも納得ね」
「まったくだ」
クラージュ王子様も頷いた。
「悪魔は強靱な体、パワーも魔力も人間のそれを大きく上回る。なんせ金属さえねじ曲げてしまうからな。ドラゴンほどとは言わないが、生半可な武器の攻撃を受け付けない。まともに戦っていたら、死人の数も余裕で二桁出ただろう」
王子様はイリス様を見る。
「よくぞ一人で持ちこたえてくれた。さすがだな、イリス」
「――私のことより」
イリス様は、お師匠様へ視線を向けた。
「倒したのはジョン・ゴッドよ。いや、わかっていたんだけど、悪魔相手に秒で倒していたわよ、この人」
「オレは初めて、ジョン・ゴッド殿の腕前を拝見したが、本当にあっという間だった」
クラージュ王子様も感心しきりだった。それはそう。わたしも同意だ。
「昔は、ああいう悪魔のなり損ないや下級悪魔退治が仕事だったからね」
お師匠様は何でもないように言うのだ。魔境のドラゴンもどきの顔面に蹴りを入れて、倒してしまえる人だもの。そうなのだろう。王子様や騎士様たちは驚いていたけれど。
……悪魔退治の専門家でもあるのかぁ。凄いなぁ、お師匠様は。
「なるほど。悪魔討伐を生業にしていたのなら、その強さも納得だ。ジョン・ゴッド殿の武器も、さぞ業物なのだろう」
「まあ、悪魔やドラゴンを斬れるだけの切れ味はありますよ。そういうのと敵対した場合に備えてね」
そこでお師匠様は、目元を緩めた。
「でもそこまで羨ましがるものではないですよ。王子の『聖剣』も悪魔を斬れますし、フォリアが持っている武器も、対悪魔規格で作ってありますから」
「え……」
クラージュ王子様も、突然名前を出されたわたしもキョトンとしてしまった。周囲の騎士様たちの視線がわたしに集まった。
この剣、お師匠様が作ったものだけれど、これも悪魔の強靱な体を斬れるって……! 確かに魔境の大木も斬れたけれども!
もしわたしが悪魔と遭遇したとしても、立ち向かえる武器が、すでに手元にあった、なんて。
「後は悪魔に負けない技術さえあれば、君たちも悪魔を撃退できるだろう」
お師匠様は、イリス様を指さした。
「技の方は、悪魔にも一歩も後れを取らなかったイリスに教えてもらえば、そちらも鍛えられるだろうし」
「いや、私はあなたに教わりたいわ」
イリス様が、わたしの思っていることをずばり言った。
「私、あの程度の悪魔相手に互角だったのよ? あなたは、それを瞬く間に倒してしまったわ。悪魔との戦闘の経験が違い過ぎる」
「……」
周囲の視線を浴びて、お師匠様は諦めたように肩をすくめた。
「まあ、追々ね。……それよりも、ここでミリアン・ミドールとその仲間たちが何をしたか、真相を探るのが先だね」
確かに。ダンジョンスタンピードを引き起こしたのが、彼らであるなら、何故そんなことをしたのか、謎だ。
「王国への復讐じゃないの?」
ウイエさんが言ったが、お師匠様は穏やかに笑う。
「それはミリアン・ミドールの動機ではあるが、他の者たちもそうなのかはわからないだろう?」
主犯と思われる魔術師の周りにいた人間たち。煙幕を利用して襲いかかった敵。でもそれは――
「全滅したでしょう?」
そう、お師匠様は二人、わたしは一人、敵を倒した。他の者も騎士様たちがやっつけた。
「ミリアン・ミドールは貴方が浄化しちゃったし」
「私が倒した一人は、まだ生きているはずだよ」
お師匠様は歩き出した。
「天井にぶつけて、気絶させただけでトドメは刺していないからね」
皆でゾロゾロとその後に続く。そのまだ息があるとされた敵は、騎士様たちによって縛り上げられていたけれど――
「申し訳ありません! どうやら毒をもっていたらしく自殺しました!」
騎士様が報告した。これにはクラージュ王子様も眉間にしわが寄った。これは怖い顔。
「自殺した? ……ぐぬぅ、せっかくジョン・ゴッド殿が生け捕りにしてくれたのに!」
口を割る前に、自ら命を断ったと……。それって――
「やり口が諜報員のそれよね」
ウイエさんが指摘した。確かに、とイリス様も首肯する。お師匠様は屈んで、自殺した敵をしげしげと見つめる。
「――彼、この国の人間ではないね。ジルヴィント人というと……」
「隣国人か!」
クラージュ王子様が大きな声を出した。
「しかしジョン・ゴッド殿、何故それがわかる?」
「鑑定の術があるので」
お師匠様は自身の目を指さした。
「それによると、彼の職業は軍の工作員のようだね。ミリアン・ミドールに協力し、彼の研究に出資していた者の遣いだ」
「なんてことだ! すると、これは隣国が、我が王国に干渉して仕掛けたものだったのか!」
それは、とても大変よろしくないことではないのですか?
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