第92話、神を攻撃してはいけない
へぇ……。あれが、噂のミリアン・ミドールか。
何やら絶叫が聞こえたと思ったら、リーダーと思われた人物の体に異変が起きた。膨張するかと思えば、そんなこともなく、スマートで長身、元より少しシュッとしたようだった。
何をやったんだ? ……ということで鑑定してみる。
そこで名前がわかったわけだけど、人間ではないものになってしまっているね。あの叫び声は、体が変異していた時の影響なのだろう。
「悪魔になった」
私が呟けば、クラージュ王子は目を剥いた。
「え!? 悪魔だと!?」
「ミリアン・ミドールは、どうやら薬か何かで人間を辞めたようです」
「ミリアン……?」
「殿下――」
傍らの騎士が、第二王子にミリアン・ミドールについて説明する。ネサンの村を滅ぼしかけたアンデッド騒動の主犯と見られるネクロマンサー。
「奴が、そのミリアン・ミドール……! 悪魔だったのか」
「正確には、つい今しがた悪魔になった、ですかね」
その間にも、常人離れした動きのミリアン・ミドールが飛び跳ね、イリスと互角に立ち回っている。聖剣を持つイリスでも、悪魔化したミリアン・ミドールを圧倒できない。
騎士たちがどよめく。
「王国最強のイリス様でも押し切れない……?」
うーん、あまりよろしくないな。悪魔はそもそも人間とは体の作りが違う。
その速度については、見ていればわかるがジャンプ一つで高い天井にまで手が届き、走っては容易く人間を追い越せる。
そして見た目に気づきにくいが、パワーも規格外。イリスと聖剣があって互角に見えるけど、普通に打ち合ったら、人間のほうが吹っ飛ばされてミンチだからね。
イリスの卓越した剣技があって凌いでいるけど、常人が悪魔の物理攻撃をまともに受けたら死ぬよ。
ただミリアン・ミドール自身は、その力をまだ引き出しきれていないね。身体能力だけで圧倒しているだけ。だが技は別だ。体術のほうは大したことないのだ。だから圧倒的性能差があっても、イリスを倒せていない。
「――さすがは王国一の聖騎士と言われるイリス姫」
そのミリアン・ミドールが言う。
「力では私のほうが上なのに、上手く躱されていますねぇ。これは日頃の運動の差ですかね」
「最近の私は、運動不足なのよね」
イリスが言い返した。
「あなたが相当ヘボいだけよ」
「仕方ありません。私は本職が魔術師ですから、あなたとは使う筋肉が違います」
自らの頭を指でトントンと叩くミリアン・ミドール。
「肉弾戦に付き合ったのですが、そもそも私の舞台ではないのでね。それで勝てないなら、あなたに勝機などありません。くたばりなさい!」
後ろへ大ジャンプして、瞬間的に手に魔力を集める。これは魔法だね。悪魔の状態で使われるのはよろしくないね。
介入させてもらうよ――!
敵が集めた魔力の放出向きを反転。こちらではなくミリアン・ミドールの方に魔法が発動し、ドーンっと腹部に直撃! 吹き飛ぶ悪魔。
「うぐぅ!? 何が!?」
壁面に激突し、しかしそこは悪魔の体。ペシャンコになることはなかった。タフだねぇ悪魔は。
周りからは魔法を使おうとして自爆したように見えただろうね。その間に私は、スイスイっと、異常にならないような速さで、しかしよくよく見ると異常な動きで、ミリアン・ミドールに近づいた。
「君は、元とはいえ神を攻撃しようとした。わかるね?」
私が直接君を殴ってよい理由だ。神はね、神を攻撃する者に容赦はしないんだよ。
抜剣。ミリアン・ミドール――悪魔の右腕を切り飛ばす。
「ひっ!?」
「私はね、下積み時代は、執行神として君のような成り上がり悪魔を掃除する仕事をしていてね」
逃げようとするミリアン・ミドール。しかし後ろは壁なんだよ。蹴りを一発、壁に叩きつければ亀裂が走った。
「君を殺せるかは五分五分だな。完全な悪魔だったら、何十年、何百年後に蘇れるかもしれない……。そうでなければ、さよならだね」
悪魔は地獄はホームだから、同族として認められれば、いつか戻ってこられるだろうさ、こっちの世にも。そのまま地獄に定住する悪魔もいるけれど。
心臓に剣を突き入れる。ミリアン・ミドールは悲鳴を上げた。
「があああ、やめろっ! 何か、流れ込んで、くるうっ!」
「塵にまで分解、浄化する力を流し込んでいる。肉体の破損は、時間をかければ再生するからね、悪魔は」
そうさせないために浄化してしまう。
「地獄でネクロマンサーの知識が役に立つかはわからないが……まあ、逝ってよし」
悪魔化したミリアン・ミドールは絶叫と共に、粉微塵となった。
・ ・ ・
死ぬというのは、こういうことか。まさか、この私、ミリアン・ミドールが、こんなところで果てることになるとは……!
悪魔化の薬の効果が、良い方向に転がった貴重な成功例を引き当てたというのに、速攻で倒されてしまうのは、運がなかったですねぇ。
聖騎士と互角以上に戦えた素晴らしい体だったのに。私にもう少し、拳を使った戦い方の経験があったなら、おそらく勝っていた……。
いや、あの私を倒した実力者――彼の前では私はどのみち太刀打ちできなかったでしょう。
何やら悪魔退治の経験も豊富そうでしたからね。私は知りませんですが、王国軍にあんな切り札が存在していたとは、計算外です。
それにしても、ここはどこなのか。
視界は閉ざされ、体の感覚もありません。おそらく死んだのでしょうが、外からの刺激が何もなく、どうなっているのかわかりません。
体を失い、魂となったのでしょうか。
彼は何と言っていたか? 悪魔なら何十年後、何百年後に蘇れるかもしれない……でしたか。
すると私は、いつか蘇るのでしょうか? いやはや、もしそうなら悪魔というのは、凄まじいものがありますね。恐怖の存在として、神とは別方向で匹敵する存在だ……。
しかし、これは……。あとどれくらいこうなんでしょうかね。
ここは寒い。体はないはずなのに。暗い。闇の底――
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