第91話、ミリアン・ミドール


 何が起きたのか、理解するのに時間がかかりました。

 ダンジョンコアが、私の手の中で爆発したんです。この、ミリアン・ミドールの手の中で!


 何が起きたのかはわかっても――いや、何でそうなったのかさっぱりわからない!

 何故、吹き飛んだ?


 そんな難しい命令をコアに課したわけでもない。ただダンジョンの外に通じる通路を作れと命じただけなんですよ!

 ダンジョンコアの力で、ダンジョンの地形を改変しただけ。しかも他を大きく動かしたわけでもなく、ただ一本道を命じただけで、コアが許容範囲を超えて吹き飛んだなんて、考えられません!


 あぁ、くそっ。手が吹き飛んだ破片で血塗れだ。中途半端に痛くてたまらない。


「ミリアン・ミドール、どういうことだ!?」


 出資者の使いの一人が喚き立てました。


「出口は!? このままでは奴等に捕まるぞ!」


 うるさい。あなた方も見ていたでしょうが、この低脳! ダンジョンコアが爆発したのだから、その力を使えるわけがないでしょう!? 馬鹿でもわかることを、喚くのはやめていただきたい。それより私は怪我をしたのだから、もう少し労るとか手当をするとかしてくれれてもいいものを。


「どうしてくれる!? 我々は捕まるわけにはいかんのだぞ!」

「知りませんよ、そんなもの。お使いで来ているのだから、文句があるなら派遣した出資者に言えばいいのです」


 私に言うのは筋違いというもの……。

 そもそも、あなた方、この国の人間じゃないでしょう。大変ですねぇ、他国の諜報員は。捕まれば、まず死に等しい拷問の末、この世とおさらばというのが世のならわしというもの。吠えるばかりで、何もできない無能なら、王国軍と戦って果てるがいい。


 ダンジョンの最奥から脱出できるかもしれない唯一の方法が潰れました。彼らはもはや退路は自ら切り開くしかなくなったのです。


「役立たずめ……!」


 彼らは私に対しての暴言を吐き、戦いの場へと駆けていきました。右手の怪我と痛みがなければ、私は彼らを許しはしなかったのですが……。運のいいこと……いや、状況を考えればそうではないのか。


 しかし彼らは煙幕を使い、視界不良による混乱を敵に与え、その隙に逃走にかかりました。何もないよりはマシなんでしょうが、それでも彼らの生存確率は限りなくゼロでしょう。

 彼らが死ぬ様を見れなかったのは残念ですが、それよりも私も自身の安全を図らねばなりません。


 王国軍――あのとりわけゴブリンを粉砕しているのは、聖騎士イリスでしょう。あれがこちらに近づいてくるのも時間の問題。先ほどの問答からして、いまさら頭を下げられる雰囲気ではありませんし。


 ダンジョンコアがあれば、まだ手の打ちようがあったかもしれませんが……。しかし、何故コアが突然爆発したのでしょうか? 傷をつけたおぼえはありませんし、何かしらの攻撃を受けたようにも見えなかったのですが。

 ああ、いけない。考えに入ると、ついそちらに思考が引っ張られてしまう。


 私は誰か?


「ミリアン・ミドールだぞ!」


 ネクロマンサーです。つまり、これだけゴブリンが死体となっていると……まだ手駒として使えるわけでして。


「死肉に仮初めの魂を与えん――蘇れ、死者の兵隊よ!」


 倒したゴブリンがそのまま復活する。数を減らして形勢有利になりつつあると思っていましたかぁ? 残念、また数の差はこちら有利に傾きました。

 もうしばらく時間が稼げますね。……うーん、さすがに両断された死体は、見た目のインパクトの割には弱いですねぇ。怖くはあるのですが、嫌がらせや足止め程度。これは思ったほど余裕がない……?


 なんと、私が蘇らせた死者ゴブリンたちが消滅していくではありませんか! この光は、浄化! 王国軍の神官でしょうが、しかしこの範囲の広さはいったい!?


 一般的神官の除霊、浄化は単独か、狭い範囲の浄化。このような広い部屋内すべてをまとめて浄化するなど、聞いたことがない!?

 これは、名前の忘れたあの村を浄化した者が敵にいますね! 迂闊でした。それほどの実力者を彼らは連れていたなど、想定していなかった。


 仕方ありませんね。これだけは使いたくなかったのですが、切り札――もとい、自爆薬を使いましょうか。

 私もね、どうせ死ぬなら、より多く王国に嫌がらせをしたいわけです。大人しく捕まって、拷問死とか、無様な処刑はお断りしたい。


 だからといって、ただ爆発しては、そこにいる者だけにしか効果がない。こんな寂れたダンジョンで死ぬのは、私の名前にふさわしくない。


「芸がないですが、これも一つのお約束!」


 私は、死霊術の研究の最中に作り上げた秘薬を自らの体に打ち込みました。たちまち私の体は闇に汚染され……こ、これは、き、効きますねぇぇー!

 血液が焼けるっ! 脳がとろけるぅー! うがああああぁぁっ! ああぁぁっ!


 ……ふう、失礼、取り乱しました。


 スン、と全てが消えました。ええとこれは、私は体から切り離されてしまったのでしょうか? それとも、まさかの成功を引き寄せましたか?

 ニギニギ、と拳を固めてみる。ああ、動きますね、普通に。……悪魔がくれた素材を混ぜたのがよかったのか。


 自分がどんな姿をしているのかわかりませんが、まあ、思考はクリアですし、体は軽いですね。


「とう!」


 ジャンプしたら、あっという間に天井まで跳んでしまいました。


「ほっ!」


 ぶつかる前に天井に手をついて、衝突回避。向きを例の聖騎士に向けて、飛び蹴りぃぃぃぃ!


 ズガンッと地面が割れました。なんとあのイリス、瞬きの間の飛び蹴りを躱しましたよ。いったいどんな反射をしているんですか?


 しかし、この体は凄いですね。自慢じゃありませんが、並の運動能力しかなかったもとの体とは桁違いのスピードとパワー。そして耐久力。何より痛みを感じないのは素晴らしい。


 魔物化する秘薬だったんですけどねぇ。どうやらレアな悪魔化を引いたようです。これも日頃の行いですかねぇ。


「お前はーっ!」


 イリスが聖剣で斬りかかってきました。さすがに聖剣を素手で受けるのは駄目でしょうね。

 すでに間近に迫り、人間なら避けられない距離でしたが――


「残念!」


 私の今の体は、避けてしまえるんですねぇ!


「さあて、仕切り直しといきましょうか……!」

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