第90話、深部での戦い


 皆、よく頑張っていると思う。イリスが先頭というのは、これほど頼もしいとはね。


 ダンジョンの様子を探りながら、一方で向かってくるモンスターたちと、王国騎士たちの戦いを見やる。

 実に危なげない。見ていて安心できるというのはよいことだ。

 気分がいいのは私だけでなく、クラージュ王子もそのようで。


「何だか気分が高揚している。力が溢れてくるのを感じる。ジョン・ゴッド殿、何かしたか?」

「何か、とは?」

「騎士たちの動きが、いつもよりいいみたいなのだ。力が上昇する魔法か何かをかけたみたいだが……」

「ええ、かけましたよ」


 聖域化の代わりにね。クラージュ王子は相好を崩した。


「おお、やはりか。この広い範囲に効果がついているのは、さすがに並の魔術師のレベルではないからな! かたじけない!」

「いえいえ。……そろそろ最深部です」


 地図を確認するまでもなく、サンドル坑道のもっとも奥。例の正体不明の一団とゴブリンがそれなりにいる場所に、到達する。


「このまま殴り込んで、敵の正体を掴んでやる!」


 第二王子殿は意気込む。先陣を切るイリスが叫んだ。


「広い部屋に出た!」


 そう言いながら迫るホブゴブリンを聖剣で両断するイリス。そしてその勢いに乗って王国の騎士と兵たちも流れ込む。

 だが――


「気をつけて!」


 イリスの警告とウイエの防御魔法はほぼ同時だった。正面から電撃の束が迫り、防御魔法に弾かれた分と、防ぎきれず拡散したのが外側の騎士の一部に命中した。

 遅れて雷鳴が響く。使ったね、攻撃魔法。


 入ってきた相手に、問答無用で仕掛けてきたのだ。ここまでゴブリンやモンスターをけしかけておいて、今さら味方です、はないね。

 イリスが叫んでいる。


「動かないで! 無駄な抵抗はやめなさい!」


 仕掛けてきた敵に一応、声をかけておこうというのだろう。その間に、負傷した騎士や兵を同僚たちが後ろへと下げ、神官系の治癒術士が手当を行う。


「あなたたちが、今回のスタンピードを引き起こしたの!?」

「ふふふ、愚問ですね。ダンジョンの奥でゴブリンどもと共にいるのを見て、敵ではないと思いましたか!?」


 ずいぶんと人を馬鹿にしたような声がした。謎集団のリーダーかな?


「――まあ、ほら、冒険者のパーティーかもしれないし」

「ジョン・ゴッド殿?」

「独り言です」


 ついね、イリスや敵性集団には聞こえないのに声に出してしまった。イリスの声が聞こえる。


「あなたたちの企みは潰えた。降伏すれば、今この場で殺さずにおくわ。でも抵抗するなら、今ここでその命、潰えるものと思って」


 最後の呼びかけだね。ここで引かねば、もう交渉はないという。


「またまた愚問ですねぇ! はい、そうですかと降伏すると思いますか!」


 どうかな、状況不利と見たら潔く降参するかもしれないから、愚問ではないと思う。


「ジョン・ゴッド殿?」

「独り言です。すみません」


 後ろで様子を見守る私たち。そして人を馬鹿にしたような声がした。


「それ! 王国軍を倒せ!」


 間髪を入れず、ゴブリンの耳障りな声が響いた。どうやらきたようだね。クラージュ王子が剣を掲げた。


「敵を殲滅せよーっ!」


 待機していた兵たちが前進を開始した。すでにイリスや前にいた騎士たちは、ゴブリンと戦闘に入り、武器がぶつかり合う金属音が聞こえてきた。

 さてさて、モンスターを前衛に出してきたようだが、例の声と、人間たちはどう動く? 私は魔力を通じて、その動向を観察する。……後ろに下がった?


 あのリーダー格が持っている球体がダンジョンコアで、それを使って最奥から通路を作ろうとしている?


「これは逃げようとしているね」

「お師匠様?」


 フォリアが私を見たから、答える。


「敵はイリスたちにモンスターを差し向けている間に、ダンジョンの外に通じる抜け道を作って脱出しようとしているんだ」

「何だって!?」


 クラージュ王子が振り向いた。


「ならば急いで捕まえないと!」

「そうですね」


 まあ、さっき探った時に細工をしておいたんだけれどね。できれば壊したくなかったが、ダンジョンスタンピードを引き起こしたらしい人間を取り逃がすわけにもいかないからね。もったいないが、破壊させてもらう!


 割れた。ダンジョンコアが。

 ダンジョンコアからダンジョンに流れていた魔力の流れを利用して、攻撃魔法を逆流させてやったのだ。伊達にダンジョンを探っていたわけじゃないんだよ。

 勢い余って、リーダーらしき魔術師のコアを持っていた手にも傷を負わせたようで、蹲っている。周りの男たちが慌てているのは、逃げられると思っていたところにそれが叶わないと現実を突きつけられたからだろう。


 そう、君たちに退路はもうないよ。

 王国軍が、モンスターを次々に撃破。逃げようとした人間たちのほうへ近づきつつあった。


 やはり王国最強の聖騎士がいると強いね。イリスは、バッタバッタと敵を切り裂き、それをサポートするウイエも、魔法でモンスターを薙ぎ払っている。

 と、そこで唐突に煙が噴き上がるのが見えた。


「何だ?」


 煙幕というやつか。煙は凄い勢いで、部屋中に広がり、通路にも入り込む。


「お師匠様!」

「これは構えたほうがよさそうだね」


 私も剣を抜く。リーダー格以外の五人が、煙に紛れて動き出した。イリスや騎士たちを煙にまいて、通路に飛び込んで来る動きである。


 破れかぶれの突撃か。はたまた可能性は低いが、万が一のチャンスを掴むために、王国軍がひしめく通路を脱出路に定めたか。

 クラージュ王子は目を細めたが、そんなことをしても煙の中は見えないよ。私? 私は見えているけどね。


「正面、飛び込んでくる。注意」


 私が呼びかければ、煙で視界を奪われながらも、盾持ちの騎士らが王子の周りを固める。さて――


「そこだ!」


 すれ違いざまに、まず一人! 他二人が騎士らと戦っている中、残る二人が煙の中を突っ切ろうとしている。


「フォリア、正面に剣先を向けなさい」

「はっ、はい! こう、ですか――」


 グサリ、と飛び込んできた敵が、フォリアの剣に自ら刺さった。上出来。私の真上を飛び抜けようとした敵を、魔力で押して通路天井に叩きつける。

 ぐぇっ、と変な声がして、それは地面に落下した。


「今ので最後だ」

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