第88話、深部を探る


 ダンジョンの探索で、聖域化の魔法を使った結果、モンスターが現れなくなった。


「もっとこう、モンスターが湧いて出てくるもんだと思っていたんだがなぁ」


 クラージュ王子は、何とも言えない顔になった。


「これは、どういうことなんだろうな、ジョン・ゴット殿? モンスターは確かにいるはずなんだ」


 先日突入した部隊は、それで壊滅した。敵がいないのにやられるということは、まずない。私たちが入る前も、斥候が様子見で行ったら、ゴブリンを確認しているという。


「いくら聖域化と言っても、敵はどこに消えたんだ?」

「普通に考えたら、聖域化の範囲外に押し出されていると考えていいと思います」


 聖域化が私たちと共に移動している限り、モンスターは私たちの前には現れない。近づけないのだから、そうなる。

 だが――


「ウイエの魔法ですからね。最後まで聖域化が保つといいのですが」

「それは、つまり?」

「押し出されたモンスターが聖域を攻撃してきて、魔法の維持ができなくなったら、それまで遭遇しなかった敵が、一気に押し寄せてくるかもしれない、ということです」

「なるほど。ならば、今の状況は、嵐の前の静けさってことかもしれないわけだな」


 第二王子は頷いた。新たに作成された地図の通り、私たちは最深を目指す。本来の地図通りだと一番奥となっているルートではなく、より新しく、そして深い場所まで進むルートを歩く。


「あ……!」


 ウイエが唐突に変な声を出した。イリスが相棒を見た。


「何?」

「たぶん、聖域の魔法が切れた」


 ウイエが身構える。


「モンスターが来るかも」


 あらら、予想された事態が起きたようだね。フォリアが武器に手をかけ、私も剣を取ろうとしたが、私たちの前を騎士たちが駆け抜け、そこで大型盾を構えて防御の姿勢をとった。


「ジョン・ゴッド殿」


 クラージュ王子は肩をすくめた。


「親父殿から、あまりあなたに手間をかけさせないように、というお達しでな。本当にヤバい時以外は、見ててもらって大丈夫だ」


 それ、これで何度目かな? 何度か聞いていたから、今さらどうこう言うつもりはないが……。


「お師匠様?」

「まあ。お言葉に甘えよう。彼らにも立場があるからね」


 ずいぶんとお世話してくれるものだ。これは余計な手間をかけさせてしまったかもしれないね。私がダンジョンに行きたいと行ったから、気配りさせてしまったわけだ。


 とはいえ、黙ってこっそり入ったら、それはそれで後で面倒になっていたから、どちらがマシかと考えれば、こうやってお世話されている方がよかったのだろうと思う。


 では、せっかく守られているのだ。彼らが頑張っている間に、こちらもダンジョンをより深く解析しようか。

 ウイエの聖域化によって分かりにくくなっていたダンジョンの魔力について、より深く見てみよう。……と、その前に。


 フラッグ・サンクチュアリ。光が、皆の周りを駆け抜けていく。


「今、何かしました?」


 フォリアが聞いてきた。


「身体強化系の魔法をかけたんだ」


 私が聖域化を使ってもいいが、何か戦う顔の人たちを拍子抜けさせるのも悪いと思ってね。もっとも、何もしないほど薄情でもないから、戦う人たちを強くしておいた。聖域化で解析の邪魔をしないよう、ダンジョン範囲ではなく、人にだけかけたのだ。


 さて、ダンジョンを深く探ろう。坑道の表層ではなく、土や岩の中、血液のように流れる魔力を辿り、より深く。

 意識を深く潜り込ませる一方、体のほうも意識は手放していない。ウイエの聖域化が消え、これまで我慢していたようにたまったゴブリンが集団となってこちらに向かってきた。


 イリスが聖剣を手に敵を切り倒し、それをウイエが魔法で援護。王国軍の騎士や兵たちもゴブリンに対抗し、徐々に坑道から奥へと陣を押し上げる。

 通路が比較的狭いから、側面を衝かれることはなく、回り道をしてきた敵が、こちらの背後に現れるかもしれないが、坑道の入り口、それぞれに見張りと警護する隊がいて、それも阻止する。


「――何だか、いつもより力が漲っているような」

「それを言ったら、今日は鎧が軽いな」


 騎士たちがそんなことを言いながら、ゴブリンや他モンスターに対抗する。よしよし、ちゃんと効果が出ているみたいだね。こちらは大丈夫そうだ。


 それではダンジョンの魔力の流れに耳を澄まそう。地中に埋まっている鉱石などがあって、これはダンジョンになってからのものかな? このまま流れの先であるダンジョン最奥に意識を向けよう。

 生命の反応が強いね。これはゴブリンだろうが、結構な数だ。スタンピードの原因は、このゴブリン集団が原因か……? おや、何かゴブリンでないものもいるねぇ。

 これは……。


「人だな」


 一人ではない。五、六人。身なりからすると魔術師のようだが、捕虜というわけでもなさそうだ。ゴブリンらも襲うでもなく、むしろ兵隊だというように周りに控えている。魔術師タイプゴブリンにホブゴブリンなど上位もいる。


 しかし、魔術師風の者たちは、フードをすっぽり被っているからか、何やら怪しく見えるね。

 それに、その魔術師のような者の一人が、球体に触れて、そこからダンジョンに魔力を流しているようだ。


 ひょっとするとこれ、噂のダンジョンコアでは……? もしその球体でダンジョンに干渉しているのなら、そうなのでは――


「ジョン・ゴッド殿、どうした?」


 クラージュ王子が声をかけてくる。私はどう答えるか考え、正直に言うことにした。


「今、深部に魔力を飛ばしていたのですが、ゴブリンの他に人間が何人かいるようです」

「人間が……? それは捕まっているとか?」

「どうもそうではないようです。むしろ、彼らが率先してゴブリンたちに命令しているような……。もしかすると」

「このダンジョンスタンピードと何か関係しているかもしれない!?」


 クラージュ王子は気づいたようだった。私は頷く。


「かもしれません」


 ちょっと、細工してみますかね……。

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