第87話、古い坑道と古い地図
サンドル坑道に漂うのは、魔力の気配。かつては採掘が行われていて、おそらく事故で死んだ者の跡が、所々に見てとれる。
これは怨霊、いやアンデッドが出没しているっぽいね。
「アンデッド……」
フォリアがゴクリと喉をならした。
「でもここ、ダンジョンですから、冒険者のアンデッドも……?」
「どうかなぁ。……いや、あるかもしれないね」
負の気配の新しい古いは感じ取れるが、聖域化の影響で私たちの前には出てこないだろう。
私たちは、このサンドル坑道の最奥まで行き、何が異変なのかを調査する。大体このようなダンジョンスタンピードを引き起こした原因は、最奥を調査すればわかるという。そして道中、モンスターが出ればこれも倒していく。……繰り返すが、聖域化で無効化しているから、滅多なことがなければ遭遇はしない。
しかし、先日ダンジョンに入った攻略隊の持ち物だったものや、比較的新しい血の跡などが所々にあって、クラージュ王子や騎士たちの表情を曇らせた。
開けた場所に出る。そこから幾つかの坑道に分かれているが、先頭のイリスが振り返った。
「それで、どの道が最奥に行ける?」
「真っ直ぐ、一番大きなやつだ」
クラージュ王子が、部下に確認しながら言った。
「基本的にはデカい道を辿れば、奥まで行けるはずだ」
「それ、古い情報なんでしょう?」
「言うなよ、イリス。一番新しい地図があっただろうドゥマン村は、ゴブリンに滅ぼされて、回収できなかったんだからよ」
冒険者たちの拠点だった村は、今や廃墟しかない。そこにあった冒険者ギルドも破壊され、そこにあった資料の類いも焼失したという話だ。生存者もほとんど精神が折れていて、情報収集もままならなかった。
先導するイリスとウイエ。フォリアが横穴などを警戒しながら言う。
「静かですね……」
「これも聖域化のおかげだろうね」
ウイエの魔法だが、効果はあるようで一安心だ。もし聖域化しなければ、すでに幾度もダンジョンのモンスターとの交戦や、あるいは罠が待ち受けていたんじゃないか。
「聖域化、凄ぇな」
クラージュ王子が改めて呟く。
「何もなくて、拍子抜けしちまうぜ」
「殿下」
騎士たちが、そういうことを言うものではないと注意する。それをよそに、フォリアは私を見た。
「お師匠様、聖域化って、ゴブリンとか魔物を入らせない魔法じゃないですか」
「そうだね」
「それを移動することで、範囲を広げてますけど、聖域に入らないモンスターって押されていくわけですけど、行き止まりまで押し込まれたら、そのモンスターってどうなるんですか?」
「……潰れちゃうんじゃないの?」
どうなんだろうね。私の聖域化だと範囲内から弾き出されるけど、フォリアの言うとおり、入れないモンスターは聖域の外側で立ち往生。そしてその聖域が動いているのだから、自然と押されて、彼らもダンジョン内を移動させられているわけだ。
そして下がれないところまで行くと……ダンジョンの壁に挟まれて圧死するのではないか、という説。
ウイエが振り返った。
「いや、どうかしらね。私の聖域化の魔法は、ジョン・ゴッドのそれより全然強くないから、敵が聖域を攻撃しているということで、魔法が解けてしまうんじゃないかしら」
「あー、それはあるかも」
私の聖域化と比べると、ウイエのそれはまだレベルが達していないからね。彼女も腕のいい魔術師だけれど、私と比べてしまうと……ねぇ。
イリスが口元を緩めた。
「つまり、ウイエの聖域化が破れたら、遭遇するはずだったモンスターが一気に流れてくるから、危ないってことよね」
王国最強の聖騎士は、聖剣の先を、進行方向に向けた。
「その時は、バッタバッタと斬ってやるまでよ」
「頼もしいね」
とは言ったものの、そうかぁ。ウイエの聖域に過信するのは危ないかもしれないか。それにこの坑道の地図も古いから、実際と通路の位置や長さも変わっている可能性がある。
それは、あまりよろしくないね。地図にない位置から突然、敵が湧いてくるかもしれない。
「ならば、一つ、地図の更新といこうか」
「はい? 何です、お師匠様」
「ちょっとね。……ウイエ。これから魔力の波を放射するから、備えてくれ」
「え、何――!?」
コーン、と響き渡る不思議な音色。しかし魔力に聡いウイエは思わず両耳を塞ぎ、イリスもまたビクリと肩を震わせた。
「えっ、ジョン・ゴッド! 今、何かした!?」
「魔力をダンジョンに飛ばした」
私は、両耳に手を当て、音を拾う仕草をとった。
「反射してくる魔力の波で、地形を調べる古典的な魔法だよ」
「強っ、いきなり強い魔力をぶっ飛ばすなんてぇ……」
しゃがみこんでいたウイエが、魔法使いの帽子を拾いながら文句じみた声を出した。
何があったか?――とクラージュ王子や騎士たちは顔を見合わせる。魔力を敏感に感知できる人以外には、まったくわからないだろうね。実際、私の一番近くにいたフォリアも、ウイエほどビックリしていない。
「おー、返ってきた」
私は、戻ってくる魔力の波を拾い、その波形で地形や障害物などを読み取る。……何やら後ろが騒がしいが、どうやら随伴する王国軍の魔術師が波を感じて、王子たちに報告にきたようだ。お騒がせして申し訳ない。
「クラージュ王子殿下、地図って複数あります? 一枚ください」
「あるぞ。――おい」
「はっ!」
騎士の一人が、私に地図を持ってきて、丁重に渡してきた。ありがとう。……ふむふむ。んー、なるほどね。
私は、指先に魔力でインクをつけると、もらった地図に書き込む。それが終わると、地図をクラージュ王子に向ける。
「最奥が更新されていますね。少し先に分かれ道ができていて、その左が一番深くまでいけます」
「――! この地図は確かなのか? ――おい、お前ら! 地図を全部、このように書き写せ!」
ははっ!――地図持ちの騎士や兵たちが駆け寄り、私が訂正した地図の通りに加筆を加える。古い地図にはない坑道が幾つもあって、さらに中には今はもう潰れている道もあった。
「ふぅ、いざ坑道を単独で歩くことになった時も、正しい道がわかれば脱出できる可能性が高くなるからな。助かった、ジョン・ゴッド殿!」
いえいえ。クラージュ王子が言えば、兵たちも口々に「ありがとうございます」とか「助かります」などと言った。フォリアがニッコリする。
「お師匠様、さすがですね!」
「ほんと、頼もしいわ」
イリスが皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「あ、もちろん、褒めてるわよ。勘違いしないでね」
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