第86話、ジョン・ゴッドはダンジョンに行きたい
ダンジョンコア云々はともかく、私は、ドゥマン村に帰ってきたクラージュ王子に問うた。
「サンドル坑道はどうでしたか?」
「おう、それそれ。実のところ難儀している」
第二王子の表情が曇った。お早いお戻りは、どうやら事件解決ではなく、難航したせいということか。
「そういうところで、あなたの意見も聞きたい。ジョン・ゴッド殿」
私もサンドル坑道のことは何も知らないのだがね。
とりあえず、村で本営となっている王国軍の天幕へ移動した。クラージュ王子は、腹心とも言うべき家臣一人以外を全員退出させると、私と膝を突き合わせる。
「坑道というだけあって、細長い通路が網目のように複雑に張り巡らされていてな。かなり道は狭いが中はかなり広い……と、古い地図ではそうなっている」
クラージュ王子が言うには、ダンジョン攻略のため、騎士と兵、そして魔術師で構成した複数グループをそれぞれ突入させ、探索しつつ、敵の掃討を行ったのだそうだ。
「だが一刻もせぬうちに、全部隊が消息を絶った。魔術師たちによる念話と生命感知で、ある程度離れていても連絡は取れるのだが、それによると戦闘中と報せがきたほうはマシ。中には報告なしに連絡が途絶えた部隊もあった」
「念話を遮る何かが、坑道で作用しているという可能性は?」
やられたのではなく、魔法が遮断されたせいで連絡が取れないだけ、ということもあるのではないか。
「そう思って、伝令を走らせたが、これもまた帰ってこない。伝令たちは、魔術師ではないから、念話や魔法は関係ない」
なるほど。すると、ダンジョン内には突入したグループを撃破、|殲滅《せんめつ)できるほどの敵対生物がいるということだ。スタンピードのことを考えれば、ゴブリンどもが罠を張っていたという可能性が高いが。
「こちらが人員を送り込んだんだ。それを返り討ちにした後、勢いでダンジョンの外に飛び出してくるかもしれんと、もう一刻ほど粘って待っていたのだが、敵が出てくる様子はなかった」
クラージュ王子の顔は暗い。
「敵は、ダンジョンを城や砦に見立てて、こちらが入ってくるのを待ち、抵抗するつもりと見た。ぶっちゃけ、今の現有戦力で、ダンジョンに籠城する敵を力押しは無理だ」
兵の数が足りない。おまけに坑道だから、機械騎兵のような巨大兵器は入れない。規模の大きな魔法なども、坑道の落盤の危険性を考えれば使えない。攻め込んで自滅しないためにも、色々制限があるということだ。
「ここで取り得る手は二つだ」
王子は指を二本立てた。
「一つ、王都からの増援を待つ。時間はかかるし、おそらく犠牲は出るだろうが、確実な方法ではある」
「二つ目は?」
「ドゥマン村解放の際に用いた聖域化の魔法を使いながらダンジョンを探索する」
クラージュは続ける。
「聖域化の魔法はウイエ・ルートに。そしてその護衛には、イリスを使おうと思っている。部下たちがうるさくなければ、オレが行くんだが――」
「なりません、殿下」
後ろで控える家臣が、きっぱりと告げた。
「クラージュ殿下には、全体の指揮を執ってもらわねば困ります」
「……わかってるよ」
ややぶっきらぼうに部下に答えるクラージュである。第二とはいえ王子だからね、君は。イリスもまた王族だが、七番目の王女となるとその辺りはまた別の話なんだろうけど。
「どうだろうか、ジョン・ゴッド殿。この策で上手くいくだろうか?」
「私が行かなくてもいいんですか?」
そちらとしては、私に出てほしいんじゃないかね?
「あなたを危険に近づけないよう、親父殿と姉貴に言われてる」
クラージュ王子は苦笑した。
「万が一があったら困るからな」
「……ふむ」
「何かあるのか、ジョン・ゴッド殿?」
「個人的にダンジョンに行ってみたいと思って」
「おいおいおい……」
クラージュ王子は眉をひそめた。
「行ってみたいとか、ダンジョンは危ない場所だぞ」
「それはわかっていますよ。これは言い方が悪かった。申し訳ない」
とはいえ、興味が先行しているのは本当のところではあるがね。クラージュ王子も唸りながら考えていたが、やがて言った。
「まあ、あなたが行きたいというなら、こちらとしても助かるが……。無茶だけはしないでもらえれば。オレも姉貴や親父殿に絞められたくないので」
私の身を案じてくれているのだから、気持ちはありがたいね。クラージュ王子から許可はもらったので、これで何の気兼ねなくサンドル坑道に入れる。
別に許可を得ないと入らないこともないが、勝手に入ると、事情を知らない人間に止められり、余計な干渉をされるかもしれない。王子の許可ありというのは、こういう面倒を回避する最善手だからね。
それでは、いざサンドル坑道へ!
・ ・ ・
翌日、サンドル坑道入り口まで移動した私たちは、第二次ダンジョン攻略隊として、剥き出しの岩山に開いた坑道へ侵入した。
「――で、クラージュ王子。あなたが来るとは聞いてないんですが?」
私の後ろを第二王子と騎士たちがゾロゾロとついてくる。
「あなたに万が一何かあった時は、オレもくたばる時。姉貴と親父殿にはそれで納得してもらおうと思って」
臣下たちは猛反対したが、クラージュ王子は頑としてそこは譲らなかったそうな。
何かあっても、一緒に死ねば怒られないとか。どれだけお姉さんと父親――国王が怖いのか。……お姉さんはフレーズ姫のことだと思うが、アーガスト王も私の前では普通に見えるのだが。
先導にイリスとウイエ。私のそばにフォリアがいて、クラージュ王子とその護衛の騎士たち。その後ろに兵がついてきている。
聖域化は、先日に引き続きウイエがやっていて、今のところ、ゴブリンやその他ダンジョンの魔物は現れない。
私は、そばで護衛役を務めるフォリアに聞いた。
「君は、ダンジョンに入った経験は?」
「ここではないですが、二回ほどあります。お師匠様は?」
「私は初めてだよ」
ダンジョン……。大気中の魔力が濃いね。暗くて、ひんやりしていて、どこか生臭くもある。住むとしたら、この臭いをどうにかしたいねぇ。予定はないけれど。
自作ダンジョンコアのためにも、今日は色々観察させてもらうからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます