第82話、廃墟の冒険者の村
タルカル平原のゴブリンは退治された。
となれば、あとはダンジョンを押さえれば、ダンジョンスタンピードは収まる……のか?
「そもそも、モンスターが大量にダンジョンにいて、生態系が狂うから、それを外に排出することで起こるのがダンジョンスタンピードだろう?」
私は疑問を口にした。
「なら、外に出た大量のモンスターを鎮圧すれば、解決にはならないのかね?」
「まー、普通に考えたら、そうなんだけれどね」
我らが頼れる友人ウイエは、首を傾けつつ言った。
「ただ、ダンジョンスタンピードの原因が、何故モンスターが吐き出されたのか、それを調べないと解決したとは言えないというか……」
「そうなのか?」
「ええ。貴方の言う通り、ダンジョンのスペースの問題で外に出されたというなら、多少ダンジョン内の掃除が必要ではあるけれど、スタンピードとしては解決したと言ってもいいわ。でも、他に原因があった場合に備えて、きちんと調査する必要があるのよ」
「他の原因とは?」
「今回のスタンピードはゴブリンだった。私たちの知らないところで、ダンジョンに彼らの王国ができていた場合、大規模なスタンピードが何度も繰り返されることになるわ」
ゴブリンの王国……。そういえば、ゴブリンには上位のホブゴブリンのほか、魔術師のゴブリンメイジ、将軍のゴブリンジェネラル、そして王であるゴブリンキングやゴブリンロードというレア種が生まれることがあるってあったな。
なるほど、ゴブリンがダンジョンを制圧して、そこを拠点に侵攻しているとしたら、確かに一回撃退したからもう安全、とは言えないね。
「他には?」
「とある組織や国に対して、反逆しようとする悪の魔術師が、ダンジョンを支配して、モンスターを使って攻撃してきた、とか。あるいは悪魔など、他の敵対存在がダンジョンを支配してよからぬことを企んでいるとか、かしら」
今のところ証拠はない、ただの推測だが、過去にはそういう例もあったらしい。悪い魔術師がー、というのはあれだな――
「ネサンの村のアンデッド騒動みたいな」
「そう、まさにそんな感じ」
「確か、ミリアン・ミドールというネクロマンサーが起こした事件だったな。……それ、王国は捕まえたのかい?」
「いいえ、捕まえたとは聞いてないわね……。なにぶん追放されている人間だし――もしかして、今回のダンジョンスタンピードも、彼が」
「さあ。……でも、可能性はあるかもね」
人工的に起こされたダンジョンスタンピードだったなら。
ミリアン・ミドールについて詳しくは知らないが、王国に恨みがあるみたいだと、悪魔シスターのカナヴィも言っていた。
「マイスター・ゴッド!」
ウィンド号を操縦するリラが、ブリッジから声を張り上げた。
「集落が見えたのです! たぶん、目的のドゥマン村なのです!」
今回のスタンピードの原因でもあるサンドル坑道。その地下ダンジョン近くにある冒険者たちの拠点となる村。
タルカル平原にゴブリンが大量流入した時点で、ここもやられたと思われていたが――
「……駄目そうだね」
ゴブリンが村を占領している。外壁が崩れ、建物も破壊されているのが目立つ。人の姿はなく、いるのはゴブリンばかりのようだ。
「……」
フォリアが何とも言えない表情で、村を見つめている。少し悲しんでいるような、怒りを秘めているような、そんな雰囲気だ。
「大丈夫かい、フォリア?」
「……! あ、はい、平気です、お師匠様。すみません、何でしたか?」
「君が深刻そうな顔をしているのでね。あの村に何か因縁でもあったのかな?」
「いえ、知らない村です。でも冒険者の村と聞いたので、どこか他人事のように思えなくて」
「ああ、そうか。君は冒険者の中で育ったという話だったね」
亡き両親も冒険者なら、彼女の周りの大人たちも冒険者。そんな人たちに面倒を見てもらい、育った彼女だから、同じ職業というだけで同情的になってしまうのだろう。
「村を取り戻すんですよね?」
私の村ではないが……世間的には奪回、ということになるのかな。ダンジョンを捜索するにあたって、ここを放置というわけにもいかない。
ゴブリンは拠点を作ると、すぐ数を増やそうとするからね。つまり、余所を襲って奪ってくるというわけ。
「そうなるね」
どのみち、サンドル坑道を目指す上でも、王国側にも拠点が必要。ここを接収するなり奪回は必要なこととなる。
「ただ、真正面から挑むのは大変だ」
ゴブリンは小狡いからね。真面目に飛び込んだら、建物や障害物の陰から矢で撃たれて、蜂の巣だろう。
「……ということで、ウイエ。君も、一つ聖域の魔法で、ゴブリンたちを村から追い出してみようか」
「え、ええ――」
ウイエは緊張の面持ちになる。私の家の図書室で魔法のことを勉強していたね。そして私は昨晩、聖域の魔法を実践してみせたわけで……そろそろ君にもできるんじゃないかな?
「やり方は理解したわ」
ウイエはしかし余分な力が入っているようだった。王国では上位の魔術師としてやっているのだろう?
「そんなに力まなくても大丈夫さ」
「ぶっつけ本番なのがね……。責任重大」
「そんなことはないよ。上手くいかなかったら、私がやるだけだから、君は大船に乗ったつもりで気楽にやればいいのさ」
リラーックス。いい仕事をするには、適度な緊張感と余裕が必要だよ。
ウィンド号は、ゆっくりと、廃墟のドゥマン村に近づく。ゴブリンたちがこそこそと動いているのが、視界に収まる。地上の敵の待ち伏せは慣れているようだが、空からの敵に対しては、隠れ方が甘いね。
敵さんの攻撃が届かない位置から、ウイエが聖域化の魔法を使う。その手には、私がちょっと細工した魔法杖。魔法増強10倍化を施しておいたんだが――
緑の光がドゥマン村に落ちた。それは村の中心に当たると、一気に周囲に拡散した。村の大半を緑の光が逆流し、下からゴブリンたちの阿鼻叫喚が何重にも響き渡った。おやおや、これはこれは――
「な、何ですか、これ!?」
フォリアが耳を押さえつつ聞いてきた。ちょっとゴブリンの悲鳴は耳障りだねぇ。
「聖域化としてはまずまずと言ったところだけど、まだ私のものには及ばないね。ただその分、ゴブリンたちが苦痛にのたうち、自分たちで範囲外へ逃れようとしているから……成功といえば成功かな」
対魔物、魔獣用聖域の魔法を使えば、村を制圧したゴブリンも追い出せる。まともに行くより、はるかに犠牲も少なく効率的だ。
「おめでとう、ウイエ」
「え、ええ、そうね。ありがとう……」
ポカンとした表情で、村と自分の杖を見比べるウイエである。
「こんな広い範囲の聖域化は初めてなんだけど。……というかこの杖の細工、凄いわね。さすが神様の声を聞ける預言者だわ」
下では、村から逃げ出したゴブリンが散っていき――到着したクラージュ王子らの地上部隊によって掃討された。待ち伏せできず、統制も失ったゴブリンの末路はこんなものだ。
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・次話から隔日になります。明後日更新です。
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