第81話、第二王子の奮闘


 ジョン・ゴッド殿を、フレーズの姉貴は神だと言った。

 ならば、オレ、クラージュ・ソルツァールから言わせてもらえるなら、ジョン・ゴッドはソルツァール王国の守護神だ。


 サンドル坑道から発生したダンジョンスタンピードは、タルカル平原にまで飲み込む勢いで侵攻を許していた。


 敵は繁殖力に優れるゴブリンの軍団。個々では御しやすいゴブリンだが、それが集団となると途端に厄介になり、一つの軍勢を形成すると非常に面倒になる。無法で知られる蛮族並みに手強くなるのだ。

 これは王国軍の総力を結集しないとマズいかもしれない。……先遣隊として見たオレはそう思ったわけだ。


 イリスが乗る機械騎兵ナイトが先制して攻撃を仕掛けたが、すぐに後退した。何でもゴブリンは、人間――おそらく周辺集落や冒険者を捕虜として連れていたという。


 つまり、人質というわけだ。

 その数、二、三十と言ったところらしい。敵ゴブリンの大群からすれば、それは些細な数字に見える。

 ぶっちゃけ、捕虜の存在を知った地方貴族の中には、捕虜を気にしている余裕はないと切り捨てることを言った。


 それは……そうなんだ。数十人の捕虜を気にして手間取っては、さらに多くの被害が出る恐れがある。

 特に今は、数でゴブリンに対して劣勢。本隊ともいうべき王国軍が来るまで攻勢どころではなく、城塞都市で籠城を覚悟しなくてはならない状況だ。


 だが、やはり人質がいるとわかって、それを無視して戦うのは難しい。これは対処を間違えると兵たちの士気を下げる。


 敵の卑怯なやり口に怒り、冷静さを欠いても駄目。無理に救出を強行してそれ以上の損害を出すのは結果としては失敗。かといって無視しようとして、捕虜を目の前で殺されたり甚振られたりするのは、兵たちの精神を殺ぐ。……ゴブリンは狡猾な奴らだから、そういう精神攻撃も平然と仕掛けてくるんだ。


 そんな時、ジョン・ゴッド殿が発言したのだ。


「人質が問題なら、私めが対処しましょうか?」


 任せてくれるなら、人質を救出すると豪語したのだ。

 そりゃあもう、それを聞いた周りの連中は目を剥いたさ。それでも彼は自信満々にこう言い放った。

 敵が人間ではなくゴブリンなら有効な手がある、と。


 それはどんな手かって言うと、魔境の屋敷にも使っている聖域の魔法を使えば、ゴブリンは手も足も出ない――のだそうだ。

 そしてそれをやれるのは自分しかいないから、自分一人で行ってくると、豪胆にも言い放った。


 ジョン・ゴッド殿のことを知らない貴族や騎士たちは、真に受けてはいないようだったが、彼一人でやって、こちらに迷惑がかからないならどうぞご自由に、という態度を取った。

 それで上手くいくなら儲けもの。駄目でも、こちらに被害はないのでまあよし、というわけだ。


 ……オレは親父殿や兄貴に、ジョン・ゴッド殿の安全を優先しろと言われているんだけどなぁ。

 正直、任せていいものかどうか。せめて護衛をと思ったが、ジョン・ゴッド殿はいらないと言った。オレが行こうかとも思ったが、これは周りから反対された。ジョン・ゴッド殿からも、人質を助けたら存分に暴れられるので、その時にお願いしますと言われてしまった。


 皆、半信半疑ではあったが、ジョン・ゴッド殿のそばにいるウイエ・ルートも何だかなんだ彼のやることに任せる雰囲気だったので、これ以上オレたちが言うのもよくないと思った。

 そしてオレは、ジョン・ゴッド殿の飛空艇がタルカル平原に向かうのを見送ることしかできなかったわけだが……ジョン・ゴッド殿は有言実行した。


 彼の飛空艇が戻った時、35人の人質を救出し、しかも彼は無傷で帰ってきた。彼は困難かつ、頭の痛い問題を解決した。

 おかげで、明け方の攻撃に対する腹は決まった。籠城? とんでもない。


 翌朝、王国最強の聖騎士イリスの乗る機械騎兵が、先陣を切った。その力、まさに最強と呼ぶにふさわしく、機械騎兵ながら聖剣技を発動させて、ゴブリン軍団を粉砕していく。

 あれが味方であるならば、我らに負けはない!


 オレも騎兵隊を率いて、戦場に突撃した。例によって貴族たちがオレが先頭を行くことに難色を示した。


 馬鹿野郎! 王国の危機に前線に出られなくて何が王族よ! それに、こちらにはジョン・ゴッド殿から授かった魔法剣がある。ゴブリンの弓矢だろうが投石だろうが、防ぐ力もあるらしいから、むしろオレのすぐ後ろがこの戦場で一番安全な場所だぞ、ガハハ!


 王国の危機に力を発揮するその威力――その真価を今こそ発揮する時! ……と、この時のオレはたぶん、どこかで正気ではなかったと思う。

 後になって思うとそうだが、まあその時はそれでも冷静に判断しているつもりだったんだ。戦場の空気、血の臭いに正常ではなかったんだろうな。熱に浮かされるって、やつだ。


 しかし、ジョン・ゴッド殿の言う通り、オレの手にある魔法剣は、イリスの聖剣に負けないほど強力だった。

 いやこれ、オレの持ち物をジョン・ゴッド殿が作り替えたから実感が湧きにくかったが、こいつはもう聖剣だろう!?


 その威力に惚れ惚れしまった。なんてものをくれたんだ、ジョン・ゴッド殿よ!


 オレも、騎士たちもゴブリン軍団の撃滅に奮闘した。滅茶苦茶頑張った。

 ドッと疲れたが、気分は悪くなかった。王国軍の増援が来るまで持久しなきゃいけないと思われたゴブリン軍団が、まさか今の戦力で打ち破っちまったわけだから。


 この戦い、ジョン・ゴッド殿がいなけりゃ、ここまで上手くいかなかった。捕虜の件然り、機械騎兵ナイト然り、オレの魔法剣然り……。その全てにジョン・ゴッド殿が絡んでいる。


 ああ、まったく、こんなことあるか? フレーズの姉貴は、彼を神だと言った。勝因を紐解いたら、その根元にはあの人がいる。

 そうとも。神様でなけりゃ、オレの剣をああまで凄い力を使えるようにできるはずがねぇ。


 認めるさ。あの人は、天界からソルツァール王国に遣わされた神様だってな!

 タルカル平原は制した。後は根本の原因であるダンジョンの制圧と、残っているゴブリンの軍団の殲滅せんめつ


 もっと時間がかかるかと思ったが、この調子なら早くこの件に決着がつきそうだ。

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