第80話、タルカル平原を血に染めて
夜が明けた。
ゴブリン集団は、城塞都市へ進撃を続けていたが、その足はだいぶ緩やかになった。夜間活発だった分、交代で休憩に入るのだろう。
彼らは夜行性というわけではないから、昼間でも活動できるが、暗い環境を好む傾向にあって、日の出は特に不活発になる。
助け出した者たちを、城塞都市に預け、私はウィンド号の甲板から平原を見下ろした。ゴブリン集団に怒りの感情をたぎらせる者たちによる報復の時間だ。
イリスの
彼女の持つ聖剣が、その力を開放するように。
光が平原を薙ぎ払った。ゴブリンの大群が光に溶け、そして大地が爆発し、さらにゴブリンたちを飲み込んだ。
だいぶ弱まったが衝撃波がここまできたぞ。観戦していたフォリアは絶句し、ウイエは目を見開いた。
「今の、イリスの聖剣技……!? いやいやいや、何、あの威力は!」
「凄いね」
「凄いね、じゃないわよ、ジョン・ゴッド!」
ウイエが大きな声を出した。そんなに声を張り上げなくても聞こえているよ。
「ナイトが持っている剣、あれ何!?」
「イリスが使うと思ってね。彼女の力に呼応して、その能力を開放できるようにしたものだ」
いわゆる専用装備。そのプロトタイプ。敢えて言うなら――
「機械騎兵の聖剣というのが近いかな」
「せ、聖剣!? 機械騎兵用の……!」
そう言って視線が、今なお猛威を振るっているナイトの持つ光輝く剣に向けられる。
「何てものを作ったのよ……」
「おや、それは世界に存在する全ての聖剣に対しての文句かね?」
機械騎兵用の聖剣と、それ以外の聖剣なんて、サイズが違うだけで、やれることに差がない。ぶっちゃけると、聖剣を機械騎兵のサイズに合わせて大きくしただけだ。
「それはともかく、あれの使用条件は、国や大切なものを守るため、という聖騎士の規範に乗っ取った場合しか使えないから、のべつ幕なしに乱用できる代物ではない」
間違っても、気分でぶっ放したり、他国や無関係な者に撃てないようになっている。
「扱えるのも、今のところイリスのみだからね。誰かに盗まれたりしても、ゴブリン集団を蹴散らしているような攻撃が、人様の集落や集団に向くことはないよ」
「そういうところは、一応考えてあるわけね」
「当然だよ」
間違って、魔境を攻撃されてもかなわないからね。これも一つの安全対策。私は、自分の生活を脅かされるような事を回避したいだけなのだ。
「でもまあ、あれはプロトタイプと言った通り、とりあえず作ってみたものだからね」
五回目の光の薙ぎ払いでゴブリン集団をまたも消滅するイリスのナイト。だがその直後、剣を投げ捨てた。
フォリアがビックリする。
「捨てましたよ! 何で――」
「やはり剣が保たなかったようだ。聖なる力の大量放出で、刀身が熱で駄目になってしまったんだろう。安全装置が作動したから、使えないってイリスは投棄したんだろう」
だからプロトタイプで、正規バージョンではない。
「まだまだゴブリンはいっぱいいますよ!」
ダンジョンスタンピードが国レベルで対処する場合があるというのは、こういうところなんだろうな。
「まだこちらには聖剣がある。心配するのは、もう少し後でもいいと思うよ」
私は視線を、城塞都市から出た王国軍の一団を向ける。馬に乗った騎士――騎兵部隊が敵集団に向かって突き進む。
ウイエがビクリとした。
「まさか、先頭にいるのはクラージュ王子殿下じゃない!?」
「え、まさか――」
フォリアが息を呑んだが、そのまさか、なんだよな。
我らが第二王子殿下が、勇猛果敢にも騎兵の先頭を行く。よくよく見れば、周りの騎兵らは突撃する王子に追いつこうと慌てているようにも見えた。
「いくらなんでも無茶よ……!」
頭を抱えるウイエ。私は肩をすくめる。
「そうかなぁ、大丈夫なんじゃない」
「いやいや、王子殿下なのよ!? このままゴブリンの集団に突撃なんて、死ににいくようなものよ!?」
「彼は、剣を抜いている」
私は、クラージュ王子が馬上で愛用の剣を振り上げるのを見た。
「あの剣には、神の加護がかかっているからね」
剣身が光輝き、次の瞬間、振り下ろされた剣が、正面のゴブリン集団を両断した。
「え……?」
フォリアとウイエ、どちらの声だったか。彼女たちは呆然とした。イリスのナイトがやったような光の巨大光刃が放たれたからだろう。
「先日、クラージュ王子に頼まれてね。聖剣のような武器が欲しいって。……いやはや、早速役にたったねぇ」
ナイトに持たせた機械騎兵用聖剣はプロトタイプだが、クラージュの剣はそんな試作モノとは違う。
その素材には、アダマンタイトを使用。
「決して折れない剣に、防御壁の加護もついている。いかなる矢や魔法などから、持ち主を守る万能の盾」
ソルツァールの王族の血筋とその王族が認めた者のみが使用できる、これも一つの聖剣。
「そして、『王国の危機に最大の力を発揮する』」
救国の剣にして守護者の剣。その一撃は、王国を荒らす魔物の集団を蹴散らす。紛れもなく、聖剣と言ってもよい品だ。
「彼も、鬱憤がたまっていたようだから、頑張ってくれるんじゃないかな」
民のため、王国のため、先頭を切って戦う勇者。彼はそういう熱い魂の持ち主なんだ。
「何てものを作っているのよ、ジョン・ゴッドぉ!」
ウイエが、感情がぐちゃぐちゃになっているような顔をしている。フォリアはそんな彼女を見て、苦笑している。
「ウイエさん、お師匠様の作った武器なら、そういう芸当もできちゃんじゃないですか」
私が以前、フォリアにあげた武器は、聖剣とかそういう類いの力はないが、大型魔獣ですら一発で切り裂けるだけの力があった。そういうので、ある程度慣れているのだろう。
一方、ウイエは図書室で勉強と魔法一辺倒だから、私が作る武器についてはまったく想像できなかったのかもね。
クラージュの剣の威力で、ゴブリン集団は数を減らした。ごっそりと削られた陣形を見て、王国軍が突撃を開始し、さらに戦果を拡大。
イリスのナイトも主力武器は捨てたが、サブ武器の剣を持って、地上に降下。ゴブリンをペシャンコにし、周りの敵を魔法金属製ブレードで薙ぎ払った。巨大な機械じかけの騎士が暴れ回るだけで、歩兵ですら蹴散らすそれは、ゴブリンをたやすくミンチにした。
ウィンド号と同型艇であるフレイム号からは、王国の魔術師たちが攻撃魔法を使って、ゴブリン集団をかく乱。戦いは王国軍が敵の数を押し返し、逆にその大半を討ち取った。
結果、王国東部タルカル平原に進出したゴブリン集団は、ほぼ壊滅したのだった。
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