第79話、ウイエは見た


 随分と無茶なことをする――私、ウイエ・ルートは、聞かれたら何度でもそう言うだろう。

 ジョン・ゴッドが、ゴブリン集団に捕らわれている人質を救出すると聞いた時、もしかしたら素晴らしい名案の一つも期待したわ。


 で、実際に彼がしたことは、聖域化を使って、敵性存在を弾き飛ばし、残った捕虜を転移で飛空艇に乗せる、というもの……。うん、貴方のことを知らない人間たちなら、何を言っているの、と頭を疑われるているわ。


 正直、私だって耳を疑った。

 聖域化で、敵対者を吹っ飛ばすって、そんな魔法は……あるわ。そもそも彼の魔境の屋敷の周りも、森のモンスターが近づけないように出来ていたわ。


 聞いた時は、荒唐無稽な話に聞こえたのだけれど、一つ一つ考えたら、どれもこれまでジョン・ゴッドがやってきたことで、本当にできてしまうのだと思えた。

 そして私は、フォリアと共にウィンド号に乗って、ジョン・ゴッドのお手伝いに付き合った。

 彼がゴブリン集団に飛び込んで、人質をウィンド号に転移させるから、そこで来た人たちの手当てや保護をするの。


 ……いや、本当にこれに飛び込むの? 下はゴブリンが大挙していて、行くなんて自殺行為なんだけれど!


 いくら聖域化の魔法があるといっても、さすがに数が多すぎる! これが一斉に襲いかかってきたら、聖域化の魔法だって保たないって。

 それなのに、ジョン・ゴッドは、いつものように飄々ひょうひょうとしていて、何の不安もないという態度。


 頼もしいったらありゃしない! この人、慌てることあるの?――とも思うのだけれど、この堂々とした態度は、神様を名乗るだけのことはあるわ。

 ……私もね、さすがに神を自称する魔術師とか、ヤバイのは見たことがあるから、ジョン・ゴッドのことを神様とは思っていないけれど、その自信っぷりは認めていいわ。大陸一の魔術師だってうぬぼれても許してあげる。


 で、いざジョン・ゴッドが行動を開始すると、一瞬で数十、あるいは百はいたかもしれないゴブリンが爆発の衝撃波で吹き飛ぶように跳ね飛ばされる光景を目の当たりにした。


 闇夜で真っ暗だから、暗視の魔法で見ていたのだけれど、聖域化で一瞬、光が彼の周りに広がった。

 するとその周りのゴブリンが吹き飛んで、平原が露わになったから驚いたわ。あれだけの数が、あんな簡単に……!?


 格の違いを見せつけられた。聖域化の魔法って、あんなに強かったの!? いやいや、そもそも攻撃魔法じゃないからね、聖域化は。

 魔物や敵意を持つ者の侵入を阻む魔法であって、あんな攻撃魔法みたいに敵を弾き飛ばすものじゃないからっ!


 あれじゃ、人質も巻き込まれたのでは、とちょっと心配になる勢いだったけれど、ちゃんと人質とそれを載せた荷車は、何の影響もなくそこにあった。

 これでちゃんと聖域化の魔法だったんだってわかったわ。それくらい攻撃魔法と誤認する勢いだったのよ。


 ゴブリンたちも、何が起きたのかわからない様子だったわ。でも仲間がぶっ飛ばされて、その後をジョン・ゴッドが何事もないように歩いているのを見て、敵だと判断した。

 凄まじいほどうるさかったわ。怒りの感情なんでしょうけど、大多数のゴブリンが憎悪の叫び声をあげるのは、地鳴りのように怖かった。


 斧を振り上げて突っ込もうとしたゴブリンは、聖域化の範囲にぶつかり、前進を阻まれた。見えない壁にぶつかって止められ、でも周りではどんどん進もうとするから、前の奴が聖域に潰されて、自滅していった。

 中には弓を使って、矢を射るゴブリンもいたけど、それらも聖域に阻まれた。


 ……あれー、聖域化って、ああいう投射武器も阻止できたっけ……? これもう普通に防御魔法や結界の類いでは……。って、聖域化も結界の一瞬か。


「凄いですね、お師匠様は……」


 私と同じく様子を見ていたフォリアも、そんな感想を口にした。いや、凄いなんてものじゃないわよ。


 そのうちに、当のジョン・ゴッドは荷車に歩み寄ると、周りのゴブリンの雑音も気にしないとばかりに、淡々と転移を使って、荷車をウィンド号の甲板に飛ばしてきた。

 ここからは私たちの出番!


「フォリア!」

「はい!」


 荷車の上の人質を――助けるつもりだったけど、あまりに凄惨な状態と臭気に絶句してしまった。

 同時にゴブリンへの殺意と、被害者である彼女たちに同情が浮かんだわ。ゴブリン滅ぶべし! 明日見る朝日が、お前たちの最期だからね……!


 正直、これは助ける私たちにさえ苦痛を強いた。でも不満も不平も言わなかったわ。この人たちは、私たちよりももっと酷い目にあって、辱められたのだから。

 そんな中、ジョン・ゴッドは、まるでそうすることが当たり前のように、人質の救出のために役目を果たし続けたわ。


 いくら聖域化があるとはいえ、何度もゴブリンひしめく平原に降り立ち、人質を連れ帰ってくた。彼も不満や不平は発することはなかったし、それどころか疲れた顔さえしなかった。

 もし伝説にあるような魔王を討伐する勇者がいたら、きっとこんな人なんだなって、場違いだけど思ったわ。


 最終的に助け出されたのは35人。体のほうの重傷者はいない。すべてジョン・ゴッドが治癒魔法を使ってから、連れてきたから。


 でも、犠牲者全員が心に傷を持っている。ゴブリンの暴力に晒され、その心に深い傷を負った。さすがに、治癒魔法でも、そこまで取り除くことはできない。

 城塞都市へ戻るウィンド号。その甲板で、私がジョン・ゴッドにそのことを言えば――


「難しい問題だね」


 と、いつもように彼は返した。


「辛い記憶を取り除いても、それでどうにかなるものではないから」

「……取り除けるの?」

「できなくはない」


 ジョン・ゴッドが、やはり当たり前のように言うのだ。私は驚いた。そんな心を病む原因を魔法で取り除くことができるのなら、彼女たちも――


「ただ、彼女たちの記憶からゴブリンのそれを取り除いたとして、周りがね。それを彼女たちに突きつけてしまうんだ」


 ゴブリンに暴行された者――ゴブリンに滅ぼされた集落にいた生存者というだけで、取り除いた辛い記憶を思い知らせてしまう。……確かに、本人が憶えていないのに、そう言われてはたまったものではないわね。


 やがて記憶の齟齬そごは、彼女たちの精神を削り、発狂や最悪死を選択させてしまったりする、とジョン・ゴッドは言った。

 本当、難しい問題ね、これは。


 でも、ジョン・ゴッドのおかげで、彼女たちの命は救われた。すでにいっぱいいっぱいでも、ゴブリンにこれ以上酷いことはされないのも、確かだわ。

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