第78話、夜間救出


 飛空艇ウィンド号は夜空を飛ぶ。


「真っ暗です!」


 フォリアが叫んだ。普通は月明かりで、夜でも案外見えるものだけど、運の悪いことに雲が多くて、墨を溶かしたように真っ暗なんだよね。

 私は見えるんだけど、人間の目には少々暗すぎる。同行しているウイエが振り向いた。


「これは暗視魔法がいるわね。……ジョン・ゴッド、暗視魔法は――」

「見えてるから大丈夫」

「リラは?」


 操舵輪を握っているドワーフ娘は、ブンブンと首を横に振った。


「見えているのです!」


 人より暗闇に慣れているドワーフである。フォリアは改めて飛空艇から見下ろした。


「本当に真っ暗です。ゴブリンは夜でも松明とか、つけないんですね」

「夜目も利くんだろうね」


 いるよ、足の踏み場もない……ということはないんだけど、たくさん。ゴブリンたちが。何百、何千いるかなぁ、これ。

 それらが明かりもつけずに大行進しているのだから、まあ気味が悪い。彼らは洞窟や深い森など、暗い場所での活動に慣れているのだろうから、夜間でもさほど影響ないのかもしれない。


「リラ、針路を右前方に」


 船首から私が指し示す方向に、リラが船を動かす。フォリアが私を見た。


「いますか?」

「いる。捕虜の一団だね」


 夜間行軍中でが、荷車に乗せられている。牽いているのは馬のようだが、集落から掻っ払われたものだろうか。

 さすがに人間にこの闇夜を歩かせるのは進軍の邪魔になると感じたか、乗り物を使ったようだ。……どうせなら連れて行かずに置いていけばいいものを。

 しかしその場合は殺されていたか? 何か目的があって連れているとは思うが……あまりよい想像はできないね。


「下が騒がしいですね」

「こちらが見えているからね、彼らにも」


 ウィンド号が上空を通っているから、それに気づいているゴブリンたちが、ギャアギャアと喚いている。矢を放つ愚か者がいるが、当然ながら非力なゴブリンの力で届くものでもない。


「そろそろ、捕虜たちの上に近づいてきたね。では、私は行くよ」

「お気をつけて」


 フォリアがなおも心配そうに言う。まあまあ――


「助けた人は転移で送るから、来たらよろしく」

「はい!」


 よいお返事。では、いざ参る! 私は、ウィンド号から飛び降りる。


「我は開く。聖域!」


 光が広がった。落下する私の下にいたゴブリンたちが、光に押し出され悲鳴をあげた。広がっていく光の球体は、敵対する者、邪なものをはね除ける。


 私は悠々と平原に着地した。あれだけいたゴブリンも、私が降りた辺りからは閉め出された。

 何やら範囲外で、聞き苦しい彼らの叫び声や、堅いもので叩くような音が響くが、無駄な努力というものだ。


「魔境の私の家の周りに施した聖域と同等の力がある。ドラゴンだって破れないよ」


 聞こえないだろうが、私はそう口にした後、捕虜たちの乗せられた荷車へとゆっくりと歩く。

 ゴブリンは近づけず、弓矢も阻まれるとあれば、攻撃は当たらない。捕虜たちのところも私の聖域の範囲に入っているから、流れ矢が当たることもない。


「助けにきた……」


 荷車を覗き込めば、拘束された捕虜たちがいた。衣服はぼろぼろ、引っかかれたような傷や殴打された跡が見てとれた。いい扱いはされていないのは一目瞭然だ。


 返事がないが、死んではいないようで、頭だけ動かしてこちらを見る者、動かないが呼吸をしている者などが見えた。パッと見た感じ、人が密集していて重傷者がわかりにくかったので、治癒を施しておく。


「もう君たちはゴブリンの手は届かない。これから飛空艇に飛ばすから、そこで介抱してもらいなさい」


 ということで、転移。荷車ごと、ウィンド号へ飛ばした。聖域の外で、ゴブリン集団が叫んでいるが、私には関係ない。明るくなったら、君らはまとめて薙ぎ払われることになるだろうから、今のうちに叫んでおくといいよ。



  ・  ・  ・



 転移でウィンド号に戻れば、フォリアとウイエが、縛られていた捕虜を助けていた。


「マイスター・ゴッド! ご無事で!」


 操舵担当のリラがブリッジから、私に呼びかけた。手を振って答えつつ、あまり広いとはいえないウィンド号の甲板を占領している荷車は、下へ放り出す。

 グシャリと木の荷車が潰れ、粉々になった音がした。下にいたゴブリンが何人か潰れたようだが、構うことはあるまい。どうせ朝になったら処理されるんだから。


 ぐったりしている捕虜となっていた女性たち。男がいないのは、殺されたのだろう。フォリアがそんな彼女たちを移動させている一方で、ウイエが私を見た。


「ここにいるのは15人。怪我はしていないようだけれど――」

「それは私が治癒をかけた」


 負傷の程度がわからなかったからね。かまわず転移させていたら、君たちが困ってしまったかもしれない。もし、フレーズ姫もいたなら、彼女の魔法で治療もできたかもだけれど。

 転移させたのは荷車3台。捕虜の人数は、そんなところだろう。


「リラ。ゴブリン集団の上を周回してくれ。朝の総攻撃までに、捕まっている人は全て助けないと、巻き添えになってしまうからね」

「了解なのです!」


 回収できた人々を早く、安全な場所へ運んでやりたいのは山々だが、時間が限られているから、しばらくは我慢してほしい。とはいっても、空の上の飛空艇を攻撃できるゴブリンはいないから、安全といえば安全だけど。

 さて、他に人間は――いた。


「リラ、針路そのまま、前進!」

「了解です! 確認できたのですか?」

「うん。二人だね。今ちょっと酷い目にあっている」

「えっ!? 見えたんですか!?」

「ちょっとよろしくないから、私は行くよ」


 距離があるから飛び降りるのも面倒なので、聖域化かけて転移で乗り込む。


 私が現地に移動すると、周りのゴブリンが見えない壁に弾かれるように一斉に飛んだ。私が何かしたわけではないが、聖域が勝手に敵対者を弾き飛ばしているだけだ。行軍をさぼって群がっていた連中を一掃したところで、哀れな被害者たちを回収。……この惨憺さんたんたる状態には同情を禁じ得ない。


 そうやって、私とウィンド号は、夜のうちに捕虜をゴブリン集団から奪回して回った。

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