第77話、ジョン・ゴッド、動く
城塞都市ヴォロンテの子爵の屋敷は、ダンジョンスタンピード対策の会議場となった。
「何と言っても、ヤベぇのは敵の数の多さだ」
クラージュ第二王子は、一同を見回した。
「個々ではそれほど大したことがないゴブリンどもと言えども、山と押し寄せてくれば、脅威というものだ」
好戦的な大男という風貌をしているクラージュだが、この場では非常に落ち着いた声だった。盗賊の頭目ではなく、王族というのが、こういうところで出てきているようで、私は意外に思った。
「子爵と守備隊の数と比較しても、ここに籠城するなら、しばらくは耐久できるが、その間に敵がよそへ拡散するのを止める手立てがない。広がれば広がるほど、被害も大きくなる」
「かといって、打って出るには兵力が足りない」
イリスが腕を組んだ。
「ジョン・ゴッドのナイトがあるから、ある程度は叩けると思う。でも全部は、私の聖剣の力を解放しても無理ね」
「それだけ厄介な数だってことだな」
クラージュが首肯すれば、ブーシュ子爵が恐る恐る言った。
「やはり、王都から王国軍を来なければ、対抗できない規模となりますか」
「聞いていた数より、遥かに多いからなぁ」
第二王子は天井を睨んだ。
「さらに面倒なことに、ゴブリン集団は、捕虜を連れている。ゴブリンは馬鹿だが、非常に狡猾だ。これを人質として前面に出されたら、兵の中にも躊躇いが出てその隙を付け込まれるかもしれん」
「人質と言いましても、それほどおらんのでしょう」
ブーシュは真顔になる。
「それを気にして押し込まれるくらいなら、人質ごと連中を掃討すべきでは? どうせ平民や冒険者なのでしょう? 遠慮はいりません」
「……」
イリスが刺すような目で、ブーシュを睨んだ。……今のは子爵が悪いよね、うん。民を守る聖騎士としては、聞き捨てならない。
そしてそれはクラージュも同様だったらしく、不機嫌な顔になっている。ただ子爵に対して言わないのは、ある一面に置いては正しいと感じているからだろう。
人質を救助するために難儀し、犠牲を増やしては意味がない。それなら助けず掃討したほうが、結局死者数を減らすことができるのではないか、というやつ。
捕虜になっている者の身内から聞いたら憤慨ものではあるが、その身内より、圧倒的に関係の薄い人間のほうが多いわけで、スタンピードの被害を拡大するよりは、いっそ――と思う人が圧倒的多数なんだろうな。
そして王族となると、やはり少数の命より多数の命を守るほうに傾かざるを得ない。たとえ、ブーシュの言い回しを不快に感じたとしてもだ。
「クラージュ王子」
「おう、ジョン・ゴッド殿、何か」
私が口を挟んだら、陰鬱な空気をまとっていたクラージュが、声のトーンを変えた。
「人質が問題なら、私めが対処しましょうか?」
「何か、名案が……?」
「任せてくださるなら、人質を救出してきますよ」
場がざわついた。ブーシュなどは何を言っていると言わんばかりの顔をしたが、クラージュはむしろ期待する目を向けた。
「というと?」
「敵は人間ではなくゴブリン集団ですから……、ゴブリンであるなら有効な手があります」
・ ・ ・
「本当に行くのですか? マイスター・ゴッド」
リラが心配してくれたが、まあ、私が行かなきゃ始まらないのだ。
「言い出したのは私だからね」
「幾らなんでも一人じゃ危ないですよ」
フォリアも不安げだった。
じゃあ来るかい?――と聞いたら、フォリアは行く気だったけど、ウイエやイリスが猛反対した。
とにかく危ないから、という理由で。
私の案というのは、飛空艇で人質のいる場に行って私が魔法を使って、人質たちを保護する、というもの。特に捻りもない、実にシンプルな提案だ。
「正直、あなたが行くだけでも反対なんだけど」
イリスは難しい顔になる。
「いくらあなたが伝説に片足を突っ込んでいる偉大な魔術師だとしても、ゴブリンの大群の攻撃を守れる防御の魔法が長く保つとは思えないわ」
フフン、君は私を侮っているようだね。私の家がどこにあるか言ってみろ。
「言っただろう? 相手は人間ではなく、ゴブリンだ。問題ないよ」
「どうしてそこまで自信満々なのか、理解できないけれど」
イリスは拗ねた表情を浮かべた。
「私もだけど、陛下からあなたが危ないことをしないように守るようにって、言われてるの。……だから、無茶はしないでほしい」
そんな子供みたいな顔にならないでおくれ。
「気持ちは嬉しいけど、私以外にできそう?」
ちら、と魔術師であるウイエを見れば、彼女は「うっ」と声を上げた。
「……さすがに、勉強はしているけど、貴方が言うほどは無理」
肩を落とすウイエ。もしここにフレーズ姫がいたら、意地でもついてきそうだけどね。
まあ、私は一人の方が気楽にやれるけど。
「ジョン・ゴッド殿」
のしのし、と大股でクラージュが近づいてきた。
「本当に一人で行かれるのか?」
「何だか皆が、行くことに反対していて、同伴者がつきそうにない」
「オレが――」
「あなたは駄目ですよ、王子殿下」
私は、別の理由で、クラージュの同行を断る。この王子様、私が敵中に飛び込むと行ったら、ついてこようとしたのだ。第二王子様がだよ? ブーシュら貴族や騎士らが総出で止めていたけど。
「明るくなったら、あなたやイリスの出番なんですから、そこで大暴れしてください。……あなたには、聖剣があるのですから」
私が作り替えたそれ――聖剣を存分に揮う機会の到来は、視界が開けてからだ。
「明日は、歴史に残る戦いとなるでしょう。あなたとイリスが、ダンジョンスタンピードのゴブリン集団を聖剣で蹴散らしたという歴史的な戦いに、ね」
布石は打たれている。私は何の心配も憂いもなく、リラが操縦するウィンド号に乗って、敵地へと向かった。
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