第76話、モンスター軍団の行進


「うおーっ! 空は高いぞ、おっきいぞぉぉー!」

「お辞めください、殿下!」


 と、飛空艇に乗ってテンションがおかしいクラージュ第二王子と、それを諫めようとする部下。


「しかし、イリスはいいなぁ。オレも、早く自分専用の機械騎兵に乗りたい!」


 飛空艇の近くを、護衛するように飛行するナイト。翼を持つ空を飛ぶ騎士――画になりそう。

 お空の旅は、平穏無事。道中、大量の雲で視界が遮られることもなければ、雨や嵐もなかった。


 そして半日もかからず、王国東部タルカル平原へと到着する。


「おおっ、いるぞいるぞ、化け物どもが!」


 眼下を見やり、クラージュは目をギラつかせる。

 平原を多数のゴブリンが行軍していた。他にも狼型やスライムの姿もある。


「今回のスタンピードは、ゴブリンか!」


 個々では弱いが、集団戦となると意外と手強いのがゴブリンである。何より、力はないが武器を扱う知能、仕掛けや弱点をつくような嫌らしさを持つ。


「しかし、数が多いなぁ」

「この分ですと、初期防衛は失敗したようですな」


 騎士がクラージュに言った。予定外の場所で、モンスターの集団を見かけるということは、そういうことだ。

 私は、ウイエへと視線をやった。


「ダンジョンスタンピードがあったのは、何て名前だっけか?」

「サンドル坑道という地下洞窟ダンジョンよ。かつては鉄が採れた鉱山で賑わっていたけど、それが枯れた後、いつの間にかダンジョンになってしまったという場所」


 そこでウイエは眉間にしわを寄せる。


「近くにはドゥマンという村があったんだけれど……平原までモンスターが来ているということは、やられてしまったんでしょうね」

「ドゥマン村は、かつては鉱山村だったという話だ」


 クラージュは手すりを掴み、下のゴブリン集団を見下ろす。


「鉱山が死に、一度は廃村になったが、モンスターが現れ、ダンジョンになった後は、冒険者たちの村になった。枯れた資源も、ダンジョン化したことで、鉄以外の鉱物や植物などが採れるようになって復活したんだがなぁ……」


 下がこの様子では、村にいた冒険者たちも対抗しきれなかったようだ。そしてそこを突破したゴブリン集団は、私たちの目的地である城塞都市ヴォロンテに迫っている、と。


「思ったよりも、敵の侵攻が早いな」


 クラージュは私を見た。


「ジョン・ゴッド殿。この船には、何か武器はないのかい?」

「武器は積んでいないよ」


 この飛空艇は軍船ではないのでね。空から仕掛けられたら、一方的に攻撃できたかもしれないけど。


「弓でも持ってくればよかったか」


 第二王子は腕を組んだ。


「弓兵を並べて、高所から撃ちまくるとか」


 まあ、そういう方法もあるだろう。この敵の数を考えると焼け石に水な気もするが。


「あ、イリスさん!」


 フォリアが唐突に叫んだので、皆の視線がそちらに向かった。イリスの操縦するナイトが急降下をはじめて、ゴブリン集団へと突っ込んでいったのだ。……何とまあ。


「気の早い娘だ」

「うおぉーっ、オレも機械騎兵があれば!」


 クラージュも突撃したい派だったようで、先行したイリスのナイトを羨んだ。あれだけ敵の数が多いと、この手勢で突っ込む気にはならないが、機械騎兵に乗っていたならゴブリンを蹂躙できそうではある。


 我らが聖騎士であるイリスは、その使命を果たすべく早速、ゴブリン集団の上空をかすめるように飛んだ。

 ゴブリンたちが空を飛ぶ巨人に慌てふためく。ギャアギャアと聞き苦しい彼らの声が、ここまで届いた。


 ゴブリンの粗末な弓矢が飛ぶが、ナイトの装甲には歯がたたない。飛行する足先が地面のゴブリンたちの頭をこすり――吹き飛ばすの間違いだな。さらに機械騎兵用の大剣がゴブリンを肉塊に変えていく。


 と、そこで唐突にナイトが上昇に転じた。何かに気づき、慌てて飛び退いたような動きに見える。


「どうしたのかしら?」


 ウイエが呟けば、フォリアもわからないと首を横に振った。何かが見えたんだろうね。とっさに攻撃を止めないといけないような何かを。ゴブリンの集団にあって、イリスが攻撃を避けるような事態となると……アレかな?


 私は視力を補正して、ナイトが避けた辺りを見つめる。……うん、なるほどね。


「人質がいたな。人間がゴブリンの捕虜になっている」

「なんだと!?」


 クラージュが振り向いた。


「確かなのか、ジョン・ゴッド殿!」

「間違いない。女性ばかりのようだが――縄にくくりつけられているね」

「……」


 周囲の空気が冷え込んだようだった。……言わずとも、どういうことか察したんだろうな。


 ゴブリンは他種族に自分らの子を胎ませることができる種族だ。これが恐るべき繁殖力を持つゴブリンの特性であるが、ただでさえスタンピードで数が多いのだから、それはもう止めないと、国の一つや二つ、滅びるくらいの大勢力に拡大してしまうだろう。

 ……これは、魔境でのんびりやっていたら、こっちも巻き込まれていたかもしれないほど危険な状況だったね。



  ・  ・  ・



 人質がいたのでは、攻撃できない――と、イリスは判断したらしく、飛空艇に合流した。

 クラージュ王子も、予定通り城塞都市ヴォロンテに向かい、そこで現地守備隊と対策を決めると判断した。


 ウィンド号、フレイム号、そしてナイトは、城塞都市へ向かい、守備隊に驚かれたものの、受け入れられた。


「ようこそ、クラージュ王子殿下、イリス王女殿下! 私はヴォロンテを任されているブーシュ子爵でございます!」


 ほっそりとした体格の、いかにもゴマすりの上手そうな男――ブーシュ子爵は、ヘコヘコ頭を下げた。


「いやあ、まさか機械騎兵と飛空艇で、駆けつけてくださるとは! これでスタンピードの魔物どもの命運も尽きましたな!」

「お前が言うほど、状況はよろしくないぞ」


 ピシャリとクラージュは言った。がっちりした長身男である第二王子が不機嫌な顔で言えば、子爵も笑みを引っ込めた。


「なあ、イリス。お前、何かあるか?」


 クラージュの問いに、こちらも不機嫌そうなイリスは腕を組んだ。


「人質がいなければ、すぐにでも踏み潰してやるんだけれど」


 その表情からすると、憤懣やるかたない、と言ったところのようだ。……どれ、私が手を貸そう。

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