第74話、王国は借りたい


「ダンジョンスタンピード……?」


 ウイエの発したワードに、私は首をかしげた。それがいけなかったか、魔術師は続けようとした。


「知らない? ダンジョンスタンピードというのは――」

「いわゆる、ダンジョンから魔物が大量に吐き出される現象だろう」

「なんだ、知ってるじゃない」

「まあね」


 地震、嵐といった天災と同じようなものだ。この地上世界には、ダンジョンと呼ばれる場所があって、そこにはお宝があったり、魔物が棲み着いていたりする。

 人間や高度な亜人種族は、そのダンジョンに入って、生活の糧にしていたり、修練の場として活用したりしているという。


 とはいえ、ダンジョンというのは、魔物がいて独自の生態系がある。そこでモンスターの数が増えすぎたり、異常個体が現れるなどして生態系が崩れると、ダンジョンの外へモンスターたちが追い出されるように出てきてしまうことがある。

 これがいわゆる、ダンジョンスタンピード現象。


「でもそれって、大変なんじゃないか?」

「ええ、大変なのよ」


 ウイエは眉をひそめる。


「現地で対応できればいいんだけれど、大抵は地方、果ては国を巻き込む大災厄に発展することもあるの」


 事態は深刻である場合が多い。ダンジョンの外にどれだけのモンスターが出てくるかは、ダンジョンの規模にも影響するが、多いと一国の大軍にも勝ることもある。


「で、今回はその大規模スタンピードのようだから、王都でも騒ぎになっているのよ」

「あらま」


 それは大変だ。隣国と衝突云々の前に、それに匹敵するような魔物の大発生が起きてしまったと。


「よくもまあ、魔物を溜め込んだものだ」

「だからスタンピードになっちゃった、とも言えるわ」


 まぁー、そうだろうね。……私にとっては他人事と決め込みたいところだが、どうなんだろうね。この魔境に被害が出るようなら、手を打つべきなんだろうけど、そうでないなら、王国の対応にお任せである。


 突出した個人は頼られる。イリスのようにね。あまり私が出しゃばって、頼りにされ過ぎるのは困る。何事もほどほどに、バランスが大事だ。


「ということで、ジョン・ゴッド」

「何かな?」


 ほい、来た。言ってみな、聞いてあげよう。内容次第ではお断りするかもしれないが。


「ナイトと、飛空艇を借りたいのだけれど、お願いされてくれないかしら?」


 うちの機械騎兵と飛空艇か。……飛空艇は現場へ急行するための足というのはわかるが、ナイトとは?


「何に使うか聞いても?」

「今回のスタンピードが発生した王国東部への速やかな移動というのが一つ。二つは、今回のスタンピードは、隣国との戦いに備えての予行にもなるという話になったのよ」

「ほーう」


 ダンジョンスタンピードで戦争の予行とは、また随分と余裕じゃあありませんか。まあ余裕というか、ついでに試してみようということなんだろうけど。

 何せ、ソルツァール王国は、まだ機械騎兵を手に入れたばかりで、実戦のノウハウもないだろうし。


「それで、うちのナイトを使いたいというのは?」


 アーガスト王には、ソルツァール王国の騎士なんて言ってみせたが、まだあれだって、実戦で使っていないよ?


「味方の士気昂揚というのが一点」


 巨大な人型の騎士が現れ、モンスターを蹴散らしていけば、確かに現地で戦っている者たちの目には、さぞ頼もしく映るだろう。


「第二に、戦場が遠いから、王国の機械騎兵では、辿り着くのに時間がかかるということ」

「あー、空を飛べないもんな」


 その点、うちのナイトは飛行装備をつけて、空を飛ぶことができる。遠方でも飛空艇同様、迅速に駆けつけることができる。

 とはいえ、こちらでもようやく実機に取り付けて飛べるようにしたばかりであり、それを扱えるのは、今のところ私とイリスしかいない。

 一応、確認しておこう。


「誰がナイトに乗るんだ?」

「イリスにやってもらうつもり。さすがにあなたに、ダンジョンスタンピードの処理を手伝って、というのはここまでの王国への貢献を考えると無理があるのよね。……むしろ、国王陛下は、『ジョン・ゴッド殿を守れ!』とさえ言っているわ」


 おやおや、王族とも仲良くやっているようだったから、助けを乞われるかと思ったが、逆に危険から遠ざけようとしてくれているみたい。


「でもイリスは、やるんだな」

「あれは聖騎士だもの。王国の災害があれば、ほぼ強制出撃よ」


 大変だな。メンタル面でのリハビリ中ではあるが、大丈夫なのかな。


「せっかく王都に機械騎兵があっても、徒歩で長距離の従軍をするのは怖いのよね。リラの話だと、途中で壊れても修理できる設備もないって話だし」

「そもそも古代文明時代の機械騎兵は、飛行能力がないからなぁ」

「移動するにしても普通に軍隊と足並み揃えて現地入りになるんじゃないかしらね」


 あー、それはちょっと遅いなあ。軍隊も大軍ともなれば、移動に時間がかかるものだが、機械騎兵が出てもそれでは、現地への到着は、かなり遅くなるだろうな。


「まだ長時間の移動はやったことがないから、きちんと目的地まで辿り着けるか心配だって話よ」

「最悪、現地に1機も着かない可能性もあるわけか」


 故障で脱落、とか、戦う前に戦闘不能は格好がつかない。うちのナイトは空を飛んで移動で済むんだけどな。

 ……何か、迅速に機械騎兵を運ぶ手段が必要になるんじゃないかな? 今回はスタンピードだけど、隣国などの諸外国と戦争になった時のために。


 あるいは、機械騎兵を持っている隣国が、未だにソルツァール王国に仕掛けてきていないのも、その辺りが影響しているのかもしれないな。

 機械騎兵が戦場に立てば圧倒的だが、その戦場に移動するまでが大変で、あちらもその方法を模索しているのかもしれない。

 普通に考えれば歩いて移動なんだろうけど、他に方法があるならそうしたいよね。


「ジョン・ゴッド?」

「いや考え事だ。ナイトの使用と飛空艇については了解した。王国の安全のために活用してやってくれ。……イリスに言うのは、君に任せるけど」


 俺の口から王国の要請、というか命令を伝えるのはおかしいからね。


「助かるわ」


 ウイエが頭を下げた。いやなに、ここでは顔見知りで、友人のようなものだ。

 私の住む魔境にまでスタンピードの影響がないことを祈るよ。

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